だから、気にも留めたこと無かった。アオイの言葉を聞くまでは。
「え、もっかい云って。カヨちゃん今いくつだって、」
「……女性の年齢を何度も聞くなんて、失礼だとは思わないの」
あからさまに不機嫌な声を出しながらあたしは小さく、ニジュウサン、と答えた。
「だよねぇ。じゃあ、二十三年間、オーガニズムに達したこと無いんだ」
云った傍から大声でニジュウサンと口にされ、怒る気も失せてしまった。しかも居酒屋といえど、堂々と隠語に近い言葉を発する。アオイにはデリカシーという概念そのものがきっと無いんだろう。そんな男に配慮を求めるだけ無駄だ。
「じゃあさぁ、アオイくんは彼女の反応とか気にしながらエッチしてるわけ。自分本位な快楽に浸ってないって、断言できる、」
出来ないでしょ。と決め付けて掛かると、意外にも彼は、出来るよ。と即答した。
「俺ね、イキにくい体質なんよねー。だから、彼女に気持ちよくなって貰うことにいつも全力投資してんの。男は射精したら終わり、だなんて思ってたでしょ」
意地悪な笑みを湛えながら、アオイはテーブル越しのあたしの顔を覗き込んでくる。言い返す言葉も無く黙り込んだあたしの前で、彼は右手の指をくねくねと動かす。
「ちょっと、その指の動きヤラシイ。やめてよ」
生娘ぶるなよ。と時化た面をして手を引っ込める。
「で、本題だ」
急にアオイが真面目な声を出した。
「カヨちゃんは、何が不満なの。今のカレシに」
思わず、息を飲んで彼を見ると、ばっちり目が合った。黒い伊達眼鏡の奥の、意外に大きなアオイの目が細くなる。
「桧山モータースの食堂で働いてる、若い男だったよね」
前に、一度だけ云ったことがある。あたしが付き合っている男の子の話を。それを、アオイは覚えていた。
アオイは同じ派遣会社に登録しているバイト仲間だ。ずっと年上だと思っていたけど、最近知った年齢はあたしと同い年で、バイトで食い繋いでいるフリーターらしい。いい年して専門学校に行きなおしているあたしのことを、カヨちゃんは偉いわ。などとよく持ち上げた。
派遣会社から来る仕事は何パターンか合って、あたしはよく桧山モータースという自動車整備工場の部品洗浄係りのバイトに当たっていた。「彼」は、そこの工場の食堂で調理師をしていた。
食堂、といえば、オバチャン、というイメージが先行するように、実際働いているのはパートらしき中年の女性が大半の中、ひとりだけ若い男の子が混じっていた所為で直ぐに顔を覚えてしまった。向こうも向こうで工場という職場柄、若い女の子のバイトが少なかったお陰か、覚えてくれていたらしい。
そんな出会いの中、交際はスタートした。
彼が、何故あたしに惹かれたのかなんて、深く考えたことはなった。単に少ない出会いの中で現れた女の子があたしだったんだろうな、という程度でぼんやりと思ったことがあるくらい。
あたしはというと、食堂にぽつんと浮いた存在のように居る彼が、とっても飄々と仕事をしていて、喋りかけたときに見せる笑顔の奥にある、どこか淋しげな眸にとてつもなく惹かれてしまったからなんだけど。
「不満なんて、無いのよ」
確認するように、言葉を噛み締めながら云った。
「ただ、何を考えてるのか時々判らなくなるの」
あたしの云うことには逆らわなくって、いつでも従順で、笑顔で愛してくれている彼が、表面上の仮面だったとしたら。
そんなことを考えてしまうあたしは、不届き者なんでしょうか。
だってこの半年間、彼の意見を、彼の言葉で聞いたことが無いって事に、気付いてしまったのよ。
ほんもののアイなんて、信じてるほど子供じみた恋愛をしているつもりはない。セックスに、愛の理論を持ち込むほど白けた女じゃない。でも。
最低限の愛情は、備わっていて欲しいと願った。今回は。
「矛盾してるよね、カヨちゃんて」
アオイは考えながら云った。
「だって、彼に惹かれたって云ってた最初の理由、思い出してみなよ」
思い出しながら言葉を選んでいるのはアオイだった。あたしはアオイが何を云おうとしているのかなんて、最初から判っていた。
「何を考えているのか判らないところが、ステキだって云ってたでしょ」
覚えてるよ、そんくらいのこと。
○ ◎ ○
「あいを確認する行為」
いつの時代でも少女漫画のヒロインは、多少強引で、ちょっとミステリアスな雰囲気を持った男の子に憧れを抱く。
あたしが彼に最初に興味を持ったもの、同じだった。
少し女性っぽい、物腰柔らかな対応と口調で喋る彼の中に、陰を見付けたからだ。その、陰、が何なのかは探る気もなかったし、訊かなかった。禁忌に触れてしまうことかもしれない、と心配したからではない。もしかしたらそれは、本人も気付いてないところで出てしまっている部分だったかもしれないし、正直その内容が何なのかなんてどうでもよかった。ただ、あたしを愛してさえいてくれれば。
「ねぇ、」
猫なで声を出す。恋人にだけ聞かせる、甘えた声。
「お昼ご飯、何が食べたい」
頭の悪そうなぶりっ子丸出しの声を外で出しても、彼は厭な顔ひとつ見せない。それどころか手を腰に回してきて、カヨが食べたい、なんて云ってのける。
「もう。人が見てるってば」
腰に回した手が尻に下りてきた辺りでピシャリと放つ。社交辞令のような、一応の膨れっ面を作って。彼は穏やかに微笑む。そうやっていつも、あたしたちはバカップルの様に振舞う。
「パスタが食べたいな」
デートでランチといえば。と思い付くことを云う。絶対彼は反対しない。それでええよ、カヨの行きたいとこ行こう、って云うに決まってる。お昼どうする。来週の休みは何して過ごす。何の映画観たい。何を聞いても彼は必ずあたしの意見を伺って、それに同意してくれることが解っているから。
彼は優しい。
最初は、そう思ってた。単純に。莫迦みたいに。
○ ◎ ○
ものがたりの続きが続いていませんが、また別のタイトルでお話を。
このお話は「ウソツキと鈍痛」という書きかけの物語の女の子視点のお話。
沢村のすきなテーマである、セックスと恋愛に関する事柄について、掘り下げてみよっかなーと思いまして、ピックアップ。シリーズのタイトルは↓
「あいを確認する行為」
が口癖のミケくん。
でも昔、あたしにあの子とうまく行ってるかどうかを訪ねてきたのは、後にも先にも実はキミだけだったんだよ。
「だって、同期なんで。気になるじゃないっすかー」
タバコの煙を吐き出しながら、笑う彼にあたしはちょっとだけ、縋る想いで言ったのだ。
「……全然なんよ。ミケちんから彼に、後押ししてあげてよ」
当時からは想像も付かなかったこと。
あたしと「ミケちん」が、今みたいな飲み友になるなんて。
当時、さほど親しくもなかったミケのことをあたしは勝手に付けたあだ名で呼んでいたのでした。
きっと彼は、いつの間にかあたしが呼び捨てし出したことに気付いていないでしょう。
1年半ほど、前の出来事です。
いま、元カレから貰った衣類などを整理していた所為で、ふと思い出しました。
当時、あたしと彼の話題には同期といえども誰も触れようとしなかったのに、唐突に触れてきたミケちんは、デリカシーがなかったのか?
それとも、素直にちょっと行方が気になっていたのでしょうか?
普段は誰も思い出さないような、懐かしい、日常のヒトコマ。
月嘩
サワムラの主催する小劇団…のはず。2012年に旗揚げ公演を行い、2014年現在、5月公演に向けて準備中。
きょう
サワムラの創作サイト。主に小説を公開中。更新頻度は亀。
蛙鳴蝉噪
コミックシティ参加時の我がサークルの情報サイト。
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乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。
1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。