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現場仕事と仲間のこととか、たまにイデオロギー的なことをつれづれに。 読んだ本、すきな音楽やライブのことだとか。 脈絡無く戯言を書き殴る為の、徒然草。
2024/05/06/Mon
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2012/04/18/Wed
最近は舞台の台本の手直しに追われています。
そして役者さんもぞくぞくと決まっていき、練習も始まっている模様。(私は仕事の関係でまだ練習に顔を出せていません)
そして文章に行き詰ったときは、文章で息抜き。
書きやすい文章を書くことによって、脳が活性化されて、いいセリフが思い浮かばないかなーと。
それでは恒例になってきた息抜きリアルサラリーマン小説・・・じゃなかった、乙女小説、スタート。



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 降り立った瞬間、あぁ、帰ってきたな。と思った。大きく伸びをしてみる。反射的に吸い込んだ空気が、心成しか澄んでいる。気がした。
知らないメールアドレスから中学時代の同窓会の連絡が来たのは、一ヶ月前。相手は当時のクラスメイトで女子のリーダー格だった派手な女の子、石井玲香から。彼女とは全くもって親しくはない。一体どういうツテで俺の連絡先を知ったのか定かではないが、折角こうして呼んで貰えたんだから、参加してみようという気になった。それに、こんな機会がないとあのクソ田舎に帰ることもまずない。田舎の若者は大抵、就職先を東京や大阪や名古屋などの都会に選び、地元に残っている友人なんて全くいないからだ。両親と年の離れた妹が地元には残っているが、別段、出向いてするほどの会話はない。母親からは時折宅急便と電話が掛かってくるが、親父とは特に接触もないし、妹とは元々仲のいい兄妹でもなかったため、連絡は取り合っていない。一時、登録しただけで殆どやっていなかったソーシャルネットワークの友人申請に妹の名前があって、三日間頭を悩ませたことがある。コイツ、何考えてんだ。若しかして母親からのまわし者か。それとも単なる気まぐれか。妹の日記も呟きも見たくはなかったし、自分の私生活を覗き見られることも抵抗があったが、そもそも俺は日記なんて書いていなかった。つまり、別に困ることなんて何にも無い。ってことに気付いて三日目に、承認ボタンを押した。それからは一度も接触を取っていない。もう、二年ほど前の話だ。
石井からの情報によると、連絡がついたのは殆ど女子ばかりの十五人。内、男子は三人らしい。開始時間は十九時から。場所は中学の最寄の駅前にある飲み屋街のひとつで、俺は有休休暇を取りここまで新幹線と特急列車を乗り継いで来た。時刻は十八時五十分。今から行けば開始時間ジャスト。だが、俺は敢えて駅前のパチンコ屋に入った。理由は簡単。こういう会、男は遅れて登場するものだからだ。つまり、最初から顔を出せば俺は殆ど喋ったことのない女子に囲まれて暇な時間を暫く過ごす状況に陥る。それを回避するため、他の男連中が着そうな時間帯を狙って顔を出す算段だった。
三十分ほど、出すつもりもない台を連続リピートで回し、野口英世が一枚飲まれた辺りで店を後にした。入り口付近で、一本煙草も吸っておく。女子が中心の飲み会なら、禁煙の空気が流れているかもしれない。
「お、岩原だっ。念願の男子登場でーす」
 通された座敷に入った瞬間、声が掛かった。おぼろげにしか覚えてなかったが、確かこいつが石井だ。まあまぁ、この辺に座って。と、奥の空いてる席を示される。座席は殆ど埋まっているようで、女子の間にぽつぽつと飛び石で空席があった。
 この様子、どうも俺が男で一番乗りだし、後から来るだろうと思われる男ふたりとも会話できる配置ではない。
「岩原変わってないねー」
「髪型まで同じじゃない、」
「ホントだ。ちょっとは成長しなよっ」
 周りの女子たちがけらけらと笑いながら新参者の俺に対応する。お酒の力も手伝ってか、久しぶりに顔を合わせた所為か、みんなテンションが高い。
「でも生え際だけ後退したっていう」
 俺は前髪をペロッとめくって見せた。お決まりの自虐持ちネタ。案の定、やだ、本当だ、と笑いも誘えたが、石井の発した、
「男子もハゲ始めるくらいあたしらも年喰ったってことよね」
「恐いわぁ」
 という流れに持ち込まれてしまい、十年の月日を感じさせるリアルな老化ネタになってしまった。
「牧原と上智は、」
「牧原は遅れてくるって。上智は二次会からの参加」
 右隣に座った黒髪ショートボブの女子が答える。残り二名の勇敢なる男子の参加者の行方を尋ねてみたが、あまり好感触な回答ではない。派手な髪飾りにデカイピアスを耳からぶら下げ、睫はバシバシと音がしそうなほど盛られていて、頬も異様に赤い。この子、誰だったっけ。ふーん、そっか。と適当に相槌を打つ。
「ねぇねぇ、あたし誰だか判る、」
 斜め向かいに座るお団子頭のベース顔の女子がせっついてくる。隣の子が、またそれ云ってる、と笑う。
「誰が誰だか判んねぇよ。中学時代と違ってみんな化粧で化けてんじゃん」
 正直な感想をここぞとばかりに発言する。変に知ったかぶりするより、最初の段階で正直に覚えてないことを暴露してしまった方が気が楽だ。 お団子頭は絶対驚くと思うよ、と自信たっぷりに含みを持たせて、ソフトボール部の四番、神薙円だよ、と云った。
 お。おぉ。神薙円といえば、うちの中学で強豪だと有名だったソフトボール部を全国大会まで引っ張った四番じゃないか。確か、真っ黒に日焼けした顔黒ギャルを連想させるような顔に、ドレッドヘアのようなチリチリのクセ毛の、特徴的ないでたちだった。
「吹っかけてんじゃねぇよ」
「ほら、信じられないでしょ。信じられないくらい色白になったでしょ。髪もストパー当てたし、そばかすもエステでだいぶ消して貰ったんよ」
 マジで。本気で神薙円なの。
神薙の名を語る人物は色白で、髪も自然なストレートになっていて、大人な淡いピンクのカーデガンを羽織っている。耳には小ぶりなピアスを付け、頬を薄くピンクに染めて喋る。服装だって清潔感に溢れていて、スポーツをやっていたような体型にもあまり見えない。当時は制服のスカートの下からいつも赤い学校指定のジャージをモロ出ししていたくせに。人ってこんなに変われるもんなんですか。
「岩原はぜんぜん変わってないから信じられないかもしんないけどね。あんたの変わったところといえば、身長が伸びたことと生え際後退したことくらいでしょ。相変わらず肌は白いし、そばかすだらけだし」
「男は化粧で隠せないのっ」
 この挑戦的な口調、確かに神薙だ。
俺は部活関係で神薙とはそれなりに接触があった。和太鼓隊という文科系か体育系か微妙なポジションの男子部活に所属していた俺は、大会出場する部活の遠征に、応援団という位置付けで付き添っていた。対して才能がなくっても授業を堂々とサボれて全国各地を仲間と一緒に旅行できるというオイシイ面だけ見て入部した。実際、ソフトボール部には全国大会まで連れて行って貰えてその目的は達成されたのだが、グラウンドで何時間も太鼓を叩かなければならないのはそれなりに辛かった。お陰で、神薙の云うように顔にはそばかすがいっぱい出来てしまったのだ。
 宴会はウエディングドレスの話題で盛り上がっていた。田舎の婚期は早い。世間では二十五なんてまだまだ独身者も多いイメージだろうが、都会と違って娯楽の少ない田舎では最大の楽しみは恋愛とセックスになるようで、とにかくみんな結婚が早かった。現に、今ここで話題になっている結婚式で着たドレスの話も、殆どの連中は過去の話として語っていて、今年結婚を控えている子に何人かがアドバイスをしているみたいだ。
 十数人の飲み会で男は俺ひとりだけって。ハーレム状態じゃん。なんて来る前は一瞬思ったけれど、蓋を開けてみれば周りに座るは人妻ばかりなり、ってか。何だか逆に情けない。それに、ウエディングドレスの話題なんて興味もない上に、会話に入り込む隙すら見当たらない。
「サラダ、要る、」
 左隣に座る女子から声が掛かった。大皿まで手が届かない俺を気遣って、取り分けてくれたらしい。あ、ども。と言って受け取る。ゆるいクセ毛のようなウェーブの掛かった淡い栗色の髪を胸元までおろしていて、薄化粧なのに紅を引いたように唇だけ妙に血色のいいアンバランスな色合い。透け感のある淡い水色のシフォンのブラウスを着た彼女は、何処となくお嬢さん風の雰囲気。こんな子、クラスにいたっけ。いや、でも中学時代の話しだし、あれから十年も経過している。神薙もそうだったけど、女性は化粧で化けることだってできるし、服装で雰囲気だって劇的に変わるもんだと話にはよく聞いていただろ。
「退屈じゃない、」
 しまった、顔に出てたか。俺には無縁すぎる結婚式話が永遠と繰り広げられる所為で、どうしても話題には入っていけないし、相槌すら打てない状況が続いていたから。
「まぁ、女の子ばっかだしね」
「じゃなくって。誰が誰だか、よく判ってないでしょ」
 えっ。思わず声が漏れた。核心を突いた科白。彼女はふわっと笑った。悪戯に、ではなく、優しく笑った。
「だって、岩原くんって、あんまり学校に来てなかったもんね」
「そうだっけ、」
「忘れたの。私、学級委員だったからあなたの家まで溜まったプリント類を届けに行ったことあるんよ」
 そういえば、そんなこともあったような気がする。両親が早朝から働きに出ていて通学時には誰もいない家だったもんで、当時の俺は好き勝手に学校をサボっていた。その日の気分や、授業や担当教員の好き嫌いでよく仮病を使った。苛められっ子だったわけでも何でもなくって、ただの自己中心的な人間だったのだ。それに、クラスでも気に入らないヤツとは直ぐに殴り合いの喧嘩をしていたし、いわゆるプチ不良だったのかもしれない。
「岩原くんって殆ど学校来ないし、来てもすぐ喧嘩するし、ちょっと恐いイメージあったから。私、勇気出して家まで行ったのに、突き返されたんだよ」
 今は昔。そういうノリで、彼女は笑った。
 あの日、俺は面食らったのだ。まさか先生ではなく、殆ど喋ったこともない学級委員の女子が家まで来るとは思わなくって。家のドアを開けた瞬間、つっけんどんな態度を取ってしまった。今も昔も変わらず、女の子にはどう接すればいいのか判らなかったというのもあるし、サボりを指摘しに来たお目付け役になんて対応すればいいのか、機転が利かなかったのもある。おずおずと、明日は学校に来てね。といってプリントを渡してきた彼女に俺は、面倒臭ぇ。と呟いたような気がする。いや、正確には何て云ったかまでは覚えてないのだが、俺の放った言葉で彼女が涙目になって慌ててマンションを後しにてしまったことだけは、ハッキリと覚えているのだ。長くて短いようなこの二十五年の人生の中で、ヤベェ、女の子を泣かせてしまった。と慌てたのはあの時だけだったから。
「でもあの後、ちゃんと学校行ったよね」
 昔の恥ずかしい記憶を掘り返されて、苦笑いで言い訳をする。彼女は、そんなの当たり前でしょ、と頬を膨らませながらも、少しはにかむようにして続けた。
「でも、ちょっと嬉しかったな。私が家に行った翌日から、毎朝真面目に登校してくれるようになったから」
 そりゃね。女の涙に男は弱いってのはよく云ったもんですよ。クラスの女子に泣かれてまでサボるような大層な理由もなかったわけだし。
 でも待てよ。学級委員をやってた女子って、絵に描いたような目立たない、大人しくて周りにその役割を押し付けられたかのような子じゃなかったっけ。確か、眼鏡をかけていて、おかっぱを少し長くしたようなパッツンのストレート黒髪で、美術部に所属していた。名前は確か、タカイ。タカイミドリ。
ってことは、この子があの高井水鳥なのか。
 揺れるふわふわの栗毛を見ながら、ぜんぜん、別人じゃないですか。と思った。思わずまじまじと、隣で料理をよそう彼女を見遣る。全然別人、とは思ったものの、記憶を辿れば確かに彼女の面影がある気もする。まぁ、当たり前だ。本人なんだから。
「ところで高井って、今も地元に住んでるの、」
 大人しくビールのみを追加しながら会話を続ける。どうやら遅れてくる男二名は地元で就職しているらしい。まぁ、この男女比率の同窓会に、わざわざ帰省までする俺の方が珍しい人種なのだろう。
「うん。地元の小さな印刷業者でOLやってるよ」
 てことは、まだ彼女は結婚していないのかもしれない。何故なら既婚者たちはここぞとばかりに旦那の話をしたがるし、地元で結婚した奴らはあまり共働きの家庭がないように思う。ここで繰り広げられている八割強の人妻たちの会話も先程から聞いていると、パート先の話やら子供の育児の話やらママ友の話やらあとちょっと旦那の愚痴やらが大半で、同級生たちはもうすっかり主婦の顔になってしまっていた。そんな中で、高井の言葉に登場したのはOLの二文字。それに、左手薬指に指輪がない。
 だから高井は他の女子とはあまり話してなかったのかもしれない。
急速に、彼女に親近感が涌いた。ここでは貴重な独身同士。ちっぽけだけど、二人だけの思い出話もある。そして、劇的な変化ではないけど昔に比べて垢抜けた雰囲気になった女の子。期待しなかったわけではない、同窓会ロマンスってやつがふと、脳裏に過ぎった。



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誰にだってある、淡い期待やありがちシュチエーションです。
プチ不良でよく社長出勤(昼から登校)していた私は、高校の同窓会のときにクラスの男子から「沢村さんって殆ど朝の会に出たことないよね」と言われてドキッとしましたよ。あと、本当に別人のように変わった女子も中にはやはりいました。
男子視点からの参考は、女子が主催の同窓会に出席する際の極意を語ってくれた男の子の「男は遅れて来るもんだ」信念。(笑) 理由は、前述の通りです。あと、「女の涙」のエピソードも彼から拝借いたしました。
そんなふたりがもし同窓会で出会ったら・・・? みたいな。わくわくな展開。実際にも充分起こりそうではないですか?

そして女の子への対応が良く判らないという草食系男子とは、学生時代に女子との接点の少なかった系統の男子にありがちだと思います。岩原くんがプチ不良だったりするのも、そう。ガッツリ不良は中坊時代から彼女がいそうだし、文科系男子は高校・大学でデビューしそうですしね。

今回の「乙女」的ポイント、どこだか判りますか?
一応、毎回、作者的乙女な視点を入れています。乙女な視点というか、「世の中の男性の思考回路がこうであればいいなぁ」という乙女の妄想(願望)ですね。

ちなみにクラス女子のリーダー格の石井玲香はイシイレイカさん。ソフトボール部の四番、神薙円はカンナギマドカさん。学級委員の高井水鳥はタカイミドリさんと読みます。

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2012/04/10/Tue
今日も昨日も沢村の周りでは結婚話が行きかっています。
そんな作者の日常に偶然にもぴったりなオハナシ。


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 事務所にある応接用テーブルには、誰かの土産物が置いてあった。
 出張土産や、会社のお得意さんから貰ったお歳暮や、誰かが個人的に有給休暇を利用して行った旅行先のものやら様々だったが、そんなこんなで割りと日々お菓子がテーブルに乗っかっていた。俺は博多通りもんの包みをひとつ取り、口に頬張りながら誰となく聞く。
「これ、誰の土産ですか」
 仕事終わり。業績評価表の自己採点を行っていた福本さんは、机に向かってひたすらボールペンを走らせている。細かい字がびっしりと小さな枠に埋まっていく。
「あぁ。昼間、挨拶に来てたよ。誰だっけ、お前らの同期で本社離れたヤツ」
「安田ですか」
 久しぶりにその名前を思い出した。口にすることも、何年もなかった気がする。
「そうそう、安田クン。すごいねー、彼。今度、ロンドン駐在の枚方さんトコに二週間派遣されるらしいよ」
「何しに行くんスか、」
「知らない。多分、向こうの技術学びに行くんじゃない、」
「何だ、領収検査員補佐とかじゃないんですね。びっくりした」
「でも海外出張って、かっこいいよなぁ。俺も行ってみたいわ」
「そうっすねぇ」
 同期の出世は嬉しいものだが、同時に複雑な気分をもたらすものだ。競い合うことなんて趣味じゃないけど、異例のスピード出世をしている安田には、もやもやとした、なんとも言い表しにくい黒い感情が以前からあった。ライバル心、なんていうと美しく聞こえるが、多分そんなもんじゃない。本社と支店を入れて六名入社した俺の同期は直ぐにふたりが辞めてしまい、現在残っているのは四人だった。本社には俺と青木、東京支店にひとり、そして残りが系列会社に出向に出ている安田裕規。
 安田は、俺なんかと違って世渡り上手なタイプなのだ。上司や女の子のウケがいいのも、出向組に選ばれたのも、実力云々よりはゴマ擂り上手のイメージが強い。いつもにこにこ笑ってるけど、腹の内では何考えてるかさっぱり判らない。最初から、同期の中でも飲み会以外で絡んだことはなかった。それに、飲み会でも二次会から行くキャバクラや風俗には絶対に参加しない。別に、そういったことが苦手なヤツもいるわけだしそれは構わないのだが、俺たちがキャバクラに足を運んでいる間、最初の居酒屋でカウンターに座る女の子を永遠と口説いていたことを後から風の噂で聞いたときには、正直引いてしまった。
 なんというか、つまりまぁ、ノリがズレてる奴なのだ。
 そしてその変わり者の安田の歴史の中には、纐纈さんが存在した。
「あの、纐纈さんって、今日出勤でしたっけ、」
 ふと気になって、辺りを見渡す。彼女の姿は見当たらない。
「ちかたんなら、奥の喫煙室にいるよー。何、イワちゃん、彼女が気になるの、」
いや、別にそういうわけでは。と云おうとして思い留まる。彼女が気になるのか彼が気になるのか、どっちだろう。と自問してみた。やっぱり、
「一応、同期ですからね。これでも」
「嘘ばっかり」
 福本さんは顔を上げた。悪戯にニヤっと笑う。浅はかに見える俺の考えは簡単に見透かされているようだ。やっぱり気になるのは、遠くに行っちまった変わり者の同期よりも、毎日ツラを拝んでいる身近な先輩の方だ。
「大丈夫、元カレに会ったくらいで落ち込む纐纈姐サンじゃないって」
「……だといいんですが」
 あぁ見えて、レンアイには不器用なんスよ、あの人。と、胸の内で呟いた。二年前、何も云えずに言葉を噛んで彼氏に従っていた纐纈さんのことを思い出す。
 意味深な科白を残したまま喫煙室の扉を開けると、課長と纐纈さんと青木が居た。入って直ぐに、ここがいつもの談笑ルームではなくなっていることに気付く。何とも云えない、異様な空気。説教か。いや、ちょっと違う。ただ、青木が話題の蚊帳の外になっていて、居心地悪そうにしていることだけは直ぐに判った。
「悪い話じゃないと思うんだよ。とりあえず一度、会ってみないか」
「えぇっと、でも今、私、あんまり結婚とか興味なくって……。それに相手の方にもこんな塗料まみれの小汚い小娘が現れたら失礼だと思いますし……」
「小汚いからいいんだよ、何せ相手の方は自営で修理屋を切り盛りされているんだから。纐纈が塗りと板金、相手さんが整備を請け負えば、夫婦ふたりで家業も盛り上げることが出来て夢のようじゃないか」
「確かにそうですけれど。でも私とじゃ、年齢があまりにもかけ離れていて、ちょっと」
「君ね、もう相手選べる年じゃないんだから、縁談が来るうちが華だと思っておかないと。直ぐに賞味期限切れになるよ」
 じゃあ日曜日には返事しておくから、準備しておいてくれよ。と云って短くなった灰を押し潰し、課長は部屋を出て行った。
「気にしなくていいっすよ、あんなオヤジの云うことなんか」
 直ぐに青木が口を開いた。随分、我慢していたような口ぶりで、一気に吐き捨てる。
「大体、纐纈さんに対して失礼じゃないですか。女性を年齢で賞味期限だとか云って」
 確かにそうだ。それに、小汚いとも形容していた。目の前に居る本人に向かって。
 俺も、途中参加ではあったが大きく頷いてみせる。どうやら、お節介にも課長は何処かから見合い話を持ってきたようだ。今年、彼女は二十九歳。三十までに結婚を、と考える人も少なくない。だから纐纈さんも例に漏れず結婚相手を探しているものだと思い込んだのだろうか。その辺の経緯は定かではないが、課長の今の態度はかなり強引なものに映った。
 纐纈さんは大きな溜め息を吐いてから、新しいキャスター・マイルドに火を点けた。
「……でもあたしも、年齢で判断した。会ってもいない人のこと」
 今日はタイミングが悪すぎる。纐纈さんは思った以上に落ち込んでいた。課長だってちょっとは空気読んで話を持ってきたらいいものを。いくらなんでも、久しぶりに振られた元カレにばったり会った日に、望まない縁談話を持ちかけるなんて悪趣味の極みだ。
「そりゃそうっすよ。向こうのオヤジは二十以上も年若い女の子が来たらウハウハでしょーけど、こっちに待っているのは旦那の介護をしながら一人で家計を支えて、シングルマザーまっしぐらの人生なんですよ」
「二十以上って、相手五十代っすか、」
 思わずデカイ声を出してしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。ドアのアクリルガラス越しに事務所の方を盗み見、課長の姿がないことを確認してほっと胸を撫で下ろした。
「酷い話っスね。いくらなんでも、二十上はジブンも考えられませんよ」
 煙と一緒に、俺も本心を吐き出す。でも、芸能人は二十や三十ぐらいの年の差カップルなんて結構聞くよね。と纐纈さんは云った。
「……あたし、贅沢なのかもしんない。大体、若いからって気に入られるかどうかも判らないのに、選ぶような発言をして」
「纐纈さんっ、しっかりしてくださいよ。縁談は課長が勝手に持ってきた話でしょ、別に頼んだわけじゃないんだから、」
 青木が彼女の肩を揺さぶった。いつもだったら笑いそうな話題だけれど、今日は笑えない。だって今の纐纈さんは心が弱っていて、きっと些細なことで傷付いてしまうだろうから。
 俺はまた、半年前のことを思い出した。居酒屋でのふたり。カウンターに座って、ほろ酔い気分で、小学校のときに流行った昼休みの放送の話をしていた。他愛もない、子供の頃の思い出。そんな話を延々としていて、それが不思議といつまでも途切れなくって、仕事の話なんか一切出なくって、ただの友達みたいに楽しかった。そして俺たちは将来の話をした。いつかは結婚がしたいだとか、でも子供は欲しくないだとか、奥さんとは老後になってもいつまでも仲良く手を繋いで歩きたいだとか、セックスレスは恐いけどそんなにセックスをしたいとも思わないだとか、いつかは生まれ故郷に帰りたいだとか、そういった他愛もない話をアルコールと一緒に延々と。
 その時の彼女が、年の差は三歳前後がいいな、と云ったのをはっきりと覚えている。俺と纐纈さんとの年の差は三つ。口下手で云えなかったけれど、じゃあ俺は旦那候補に入れますね、という冗談が云えるなぁと思ったからだ。
「断り辛いようでしたら、僕から云ってあげましょうか」
 断ったって問題ない。誰の目から見ても、纐纈さんの方に利が少ないのは判る話なんだから。俺は空気清浄機を挟んだ向かいで俯く彼女の目を珍しくまっすぐ見ていた。断ればいいよ。断っていいよ、纐纈さん。
 重い沈黙。暫くして、思考を振り切ったように彼女は顔を上げて横に突っ立つ男を見上げた。
「ありがとね、青木」
 そう。それを云ったのは俺ではなく、青木の方だったから。


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岩原くん、心の葛藤。の巻。
変わり者の同期に、敬愛する(?)先輩の恋愛遍歴に、突然降って沸いたお節介な見合い話。
仕事での評価だとか、同僚との付き合いだとか、それに対して渦巻く感情だとか。いろいろ葛藤されています。
そして、何でもハッキリ物を言えるアオキくんに、もやもやするだけで思ったことを殆ど口に出していない草食男子のイワハラくん。そんな同期ふたりを対照的に出してみたつもり。ちなみにこの様子は1話の風俗店の待合室のシーンでも同じです。

コウケツさんのお見合い話は、過去に知り合いの自動車整備士のお姉さん(当時25歳)に上司が持ってきた実話を引用させていただきました。四十五を過ぎた理容師のオッサンを強引に勧める上司に断れなくて困っていると漏らしておられました。お姉さんは実は多才な方で美容師免許も持っていたので、上司の方はちょうどいいと思われたのでしょうね。何がちょうどいいんだか。介護問題と育児問題を甘く見るな、と云いたいです。



ちなみにしぶといようですが、これは「サラリーマン青春記」ではなく「乙女小説」です。(←本当にしぶとい。)
今回の乙女ポイントは、別に恋人でもなく好意もない纐纈さんのために、ふたりの男子が本気で上司に対して腹を立ててくれたことです。普通で些細な出来事が、嬉しいお年頃です。

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2012/04/05/Thu
※しぶといようですが、先に云っておきますけどこれは「オトメ小説」です。



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 久しぶりに遠足前の子供のようにわくわくした。仕事の一環だけど、出勤する場所はいつもと全然違う場所と土地。オマケに、寝泊りするのはシティホテル。そして頭も体力もたいして使うことの無い一週間。この条件を聞いて、喜ばずにいられるか。否、無理でしょう。
「課長、あのバカふたりを一緒に行かせて大丈夫なんですか」
 なんて纐纈さんに囁かれてしまったけど、そう云われるのも致し方ない。と我ながら思った。
 安全衛生講習受講のための、訓練出張六日間。近場でやっていないため同期の青木とふたり、特急列車に乗って他県へと男ふたり旅だ。普段身に付けることのないスーツに袖を通し、ホテルから教習所までの朝の通勤電車に揺られるのもたまになら悪くない。ってかむしろ新鮮だ。この、満員電車に揉まれている感じ。憧れたことは無かったけど、朝の通勤ラッシュ。これぞまさに働いてるって感じ。俺ってサラリーマンじゃん。と無意味にテンションも上がる。いつもは作業着のまんま独身寮から会社まで単車に乗って出勤している身分なもんで、通勤ラッシュとも渋滞とも無縁だから尚更だ。
「岩原、昨日晩飯の後何してたん、」
 青木とは毎朝、ホテルのロビーで待ち合わせして駅に向かった。もう三日目。電車の時間も覚えて余裕の出た俺たちは、一本遅らせても遅刻にはならないことを確認してまったりと歩く。
「特に。パチ行って、調子悪かったから結構すぐ帰って、部屋で映画観てた」
「あー、あれ、同じのずっとリピートしてんじゃん。俺見飽きたわ」
「でも観てんでしょ。なんか何回も観てると、笑えてこねぇ、」
「来る来る。『君のために、俺はこの命を捨てる覚悟だ』って云って飛び込むシーン。一回目は感動したのに、五回目になるとなんか笑えるよな」
「五回は観すぎだろ、どんだけ暇なんだよ」
 ビジネスホテルの無料映画チャンネルは一週間同じタイトルを永遠と流していた。ちょうど宿泊期間中にタイトルが変わる日程になっていなかったため、今日も明日も明後日も、同じ映画しか見ることができない。
「五百円払えばアダルトチャンネル見れるじゃん」
「知ってる。でもあれ、古いやつしかなさそうじゃね、」
「そーでもないぜ、昨日はよしだ桃花のぶち抜き三時間やってたし」
「マジっ、それを早く云えよ。今晩見よっと」
「かおりじゅんこの出会って五秒シリーズもあったし」
「あれはいーや。五秒どころか五分経っても挿入しねぇじゃん」
 なんて実に下らない会話をしながら改札を抜ける。出張なんてそんな頻繁にあるもんじゃない。いつもの自分の家を離れることは新鮮だけど、自分の家じゃないからホテルの部屋に戻ってもやることがない。だから自然と頭はパチンコとテレビとエロにシフトする。
「あのお部屋でマッサージサービスって、かわいいおねぇちゃん来ねぇのかなぁ」
「オバサンだったわ、掃除婦風の」
「もう試したのかよ、何期待してんだよ」
「だってマジ肩凝ったんだって、普段机に向かって授業聴くことなんてねぇからさぁ」
「それは確かに」
 講習という名の知らないオッサンのお喋りは、学生時代の退屈な授業と大差無い。退屈すぎて講義中の半分は上の空で、まったく関係のない空想ばかりしている。教室には男性ばかりが二十名程度。隣り合った席を避け、疎らに座っている。俺たちみたいにスーツ姿の人間もいれば、自社の作業着らしき服装の者もいる。きっとまぁ、大体同じ様な職業の人間ばかりなんだろう。年齢層は割りとバラけている気もするが、全くもって女性がいない。どんな場所に行っても、とことん女性に縁のない人生なんだなと思い知らされる。古びた専門学校の校舎のような建物は、高年齢層の生徒ばかりの所為か覇気も活気もなく、心成しか照明まで暗い気がした。
「えー。では、昨日の続きですね。テキストの六十ページを開いてください」
 耳慣れたようなセリフを教壇に立つオッサンが云った。あのオッサンは、いつからこんな仕事をしているのだろう。こんな、職場から強制参加させられているヤル気のない中年男ばかりを前にして、年中教鞭を振るう仕事をするって、実際どんな心境なんだろう。病んできたりしないだろうか。俺だったら、三日も持たない気がする。同じ無口なモノを相手にする仕事でも、車のエンジンいじってる方が数百倍楽しいだろうに。もしこれが、こんな寂れたビルの一角ではなく、高校だったなら。あのオッサンの抑揚のない喋りもいくらかマシな声音になるのだろうか。教室がもっと明るくって、そんでもって作業着のまま授業を受けるような工業高校でなくって、普通科の共学だったとしたら。普通科の、共学だったとしたら。
 そこにはきっと、女子高生がいる。俺の青春には登場しなかった、華の女子高生が。そう、今朝も通勤電車の中で、制服姿の女の子を何人か見かけた。制服姿の女の子なんて日常生活ではまったく関わってこない存在だったから、朝から焦ってしまった。俺はほぼ男子校と云っても過言ではない工業高校の電気科出身で、家から二十分のチャリ通学で、女子高生とは無縁すぎる十代を過ごした。制服姿の女の子といえば、アダルトビデオという図式が脳内に成り立ってしまっている。我ながら、貧困すぎる発想。部活に文化祭に体育祭、共に汗を流して笑いあった思い出。そんなものが全くない。何だか、すげぇ損してる気がしてきた。あぁ、人生、もう一回やり直したい。
 意気消沈して斜め向かいの青木に目をやると、ヤツは船を漕いでいた。ゆらゆらと頭が小さく揺れる。どうせ昨日、一晩中アダルトチャンネルを見てたんだろう。そうでなくっても、この授業は退屈だった。周りを見渡すと、寝ている人間も結構いる。一応、単位毎に試験はあるが、逐一マジメに聞いていなくても普段の業務内容のおさらいみたいなもんだったから、ある程度答えることは出来る。欠点を取る可能性は、まず無い。
 今夜は何して時間潰そうか。ホテルの向かいにあるすき家に行って、シャワー浴びたら青木の云ってたアダルトチャンネルでも物色しようかな。よしだ桃花のぶち抜き三時間は俺も見たい。小柄で、でもEカップ巨乳のベビーフェイス。黒目がちのぱっちり二重の彼女が上目遣いに見上げるカメラ目線に、わざとだと判っていてもぐっとくる。そうだ、よしだ桃花といえば、女子高生モノが多かったはずだ。小柄で童顔の女優となれば、必ずついてくるレパートリー。こんな感じの薄暗い教室で、何故かヒロインの女優以外はみんな男子生徒ばかりっていうAVならではのシュチエーションのヤツを見た気がする。確か、最初は不良に目を付けられて、放課後軽く痴漢行為をされるんだっけか。女優は童顔だけど、男優が明らかに老け顔なのに学ラン着ているところが不自然なんだけど、それはまぁしょうがない。そんでもって、不良の痴漢に耐えかねた桃花が担任のオッサン教師に相談。そしたら何故かそのオッサン教師に保健室で犯されてしまうっていう筋書きだったような。しかも後日には何故か教師も不良も一般生徒も入り乱れての輪姦状態。って、何でこんな展開になったんだっけか。理解不能だ。そもそも、アダルトビデオにストーリー性なんて求めてないんだから、ヌける場面が随所に散りばめられていればそれでオッケーなんだけど。なんかあの時の男優、このオッサンに似てないか。こういういかにもな七三分けで、タータンチェックのセーターを着て、赤いネクタイ締めてた辺りが。そうだ、オッサン教師に犯されるシーンが煩わしくって、早送りしたからストーリーが判んなくなってんだ。ジャケット見てそそられるものでも、実際見てみたら男優がキモすぎて萎えるタイトルは多い。だいたい俺は、若い女の子にオヤジを充てるシュチエーションがあまりすきではない。だから女子高生×中年教師だなんてもっての外だ。なんだか、あまりにも女の子とのビジュアル的落差が激しすぎると、気の毒になってヌけない。アダルトビデオにアイある展開なんて求めてないんだけど、泣いてる女の子見るよりは感じている切ない表情を見るほうが興奮するってだけの話。征服感はあって欲しいんだけど、泣かせたくは無いっていう、この矛盾。なんとも絶妙なバランスなんだな、これが。
 そんなことを考えてたら、授業が終わった。
「岩原、今日は昼飯、教習所の裏の来来軒行こうぜ」
 さっきまで爆睡してた癖にけろりとした顔をした青木が振り返る。俺は顔が引きつっているのが自分でも判った。
「いい。」
「何でよ。今日はそのつもりで弁当買って来なかったじゃん」
「いいから先行っててくれ」
 席に座ったまま、睨むように青木を見上げる。ヤツは暫く黙っていたが、静かに背広を持って立ち上がった。
「……ま、なるべく早く来いや。昼休み、短いし」
 事情を察した青木はひとりで教室を後にした。隣の野郎は鞄から弁当を出して水筒のコップにお茶を注いでいる。俺は極寒の季節にフンドシ一丁で滝壺に飛び込む妄想をして、何とか股間の膨らみを沈めようとした。



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本当にこれがオトメ小説なんでしょうか・・・。
いや、そうなんですよ!!!(汗)
サワムラ的オトメな男子のポイントは、性癖はノーマルで健全な性欲がある二十代の青年ってとこ。AV女優に求めるビジュアルと、実際傍にいたい女性のイメージが、被っているところ(小柄)と全然違うところ(巨乳・アイドル顔・年下系)とがあるところに焦点を当ててみました。って誰も気付かねぇか。
ってか、1話で風俗、3話でアダルトチャンネル(妄想)って。一見ただのエロまんが風ですね・・・。この調子だと5話辺りで生身の女の子でも登場しそう。ですが、イワハラくんは奥手な小心者なんで、そんな人生は歩めないでしょう。(本当に?)

これ、70%は訓練出張中の同僚の出来事です。同僚H・M・D・Tたち四人のエピソードを織り交ぜて見ました。
お前ら、講義中にどうやったら勃起できんだ?と非常に不思議に思った出来事。多分、こんな感じかな、と。
意外と皆さん、妄想力豊かなんですね。(それともただ飢えてるだけなのか?)
てゆうか、お前らと出張中行動を供にしなきゃなんないあたしは、こんな会話ばっか連日聞かされて気まずいんですけど!!!(笑)

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2012/04/03/Tue
自称・オトメ小説第二話。
最近は物書きに迫られている生活ですので、息抜きにこういった駄文を書きたくなるのです。(笑)
というのは、初夏に公演するかもしんない舞台の脚本を書いています。
脚本は会話で進むもんですが、小説形態にすると急に堅苦しい表現になるのがワタシのいけないところ。
過去に書いていた、高校生の少年の一人称で進むネット小説「本日も、晴天なり」みたいに軽快でアップテンポなノリに直したくて、今回試行錯誤しているのが窺えますよ。
少しでも直っていればいいなー。


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 荒れた畑の畦道の先に、ウチの板金場はあった。舗装された県道からちょっと乗り出したところに斜めになった軽トラが停まっている。雑草を無造作に踏み付けながら獣道を十メーター程歩くと、急に視界が開ける。目下に広がるのはエンドウ畑。その手前にある敷地には、傍から見たら不法投棄の廃材置き場にしか見えないガラクタがいつも転がっていた。バイクのフェンダーにスプリング、トラックのタイヤに軽自動車のエンジン、それに、ドラム缶がいくつか。その右手にあるのが、申し訳程度のプレハブ小屋のような建物。半分壊れたようなシャッターは全開。中では、インディゴ・ブルー色したツナギの作業着を着た小柄な塗装士が、取り外した普通車のドアにスプレーガンで塗料を吹き付けていた。
「纐纈さん、クラウンの納品書、出来ましたよ」
 入り口から少し声を張り上げる。塗装士は一通り塗り終わると、頭からすっぽり被った面を半分だけ上げて振り返った。
「ほんじゃあ休憩がてら、伊佐治さんとこ行こっか」
 了解っス、と答えて俺は板金場のシャッターを閉めにかかった。二枚とも締め終わると、作業着の上からジャンバーを羽織った纐纈さんが鍵を持ってきて、シャッターと勝手口を施錠する。
「今日中に揃いそうなやつ、」
「全然いけますよ。スタンダードなボルトとナットとエアフィルターくらいですから」
 路肩に斜めに停めていた軽トラに乗り込む。助手席には俺、纐纈さんは太い黄色のフレームの眼鏡を掛けるとギアを一速に入れ、ハンドルを握ってクラッチペダルを踏んだ。
 伊佐治商会は板金場から一キロ圏内の町中にあった。銀行と消防署の裏手にある年季の入った三階建てのビルで、一階にある小さな事務所以外は建物全部が部品庫になっている車のパーツ屋さん。軽トラを駐車場に入れて、纐纈さんは早足で事務所に向かった。俺も彼女に続いて事務所に入ると、入り口から一番近い席に座る事務員の女性がカウンターまで出てきてくれる。
「MMPさん、いつもお世話になっています」
 透き通るような声で彼女は云って、グラビアアイドルのような完璧な笑顔でこちらに向かってにっこりと微笑む。いつものことだ。
「この五点お願いしたいんだけど、今出して貰える、」
 纐纈さんが納品書を提示する。在庫の方お調べしますね、と云って彼女は脇にあるパソコンにデータを打ち込み始めた。透き通るような白い肌。丁寧に手入れされた長い指先に、爪。そしてウェーブの掛かった長い髪は、淡い栗色。その髪がキーボードに向かって俯いた拍子に顔に掛かり、右手の人差し指で耳に掛ける。俯き加減になった横顔からは、長い睫が瞬きと共に上下して、思わずその様子に見入ってしまう。
 伊佐治商会に勤める派遣事務員の粗志扶実。年は多分、俺と同じくらい。小さな事務所の紅一点で、文字通り職場のマドンナだ。職場の、と云っても同じ会社ではないのだけれど、ウチの会社には事務員のおねぇちゃんなんて人は雇っていなくて、事務処理もすべて自分たちでやっているもんだから、こういった、作業着を着ていない職場の華になるような存在は、日常業務で出会う人物ではこの人しかいない。
 つまり俺が日常生活の中で接触する女性はふたりだけ。ひとり目が纐纈さん。身長百五十五センチ程度しかない小柄な体躯なのに車のエンジンやフレームを難なく持ち運びする力持ちで、年中すっぴんに作業着のまま単車に跨り出勤してくるという色気のカケラも感じさせない無愛想な同僚。そしてふたり目が粗志さん。ファッション雑誌から飛び出したかのような完璧なメイクに百七十センチ近くある長身なのに華奢さすら感じさせる細身のスタイルを保ち、お人形さんと形容されるに相応しい声と屈託のない笑顔で対応してくれるという取引先の事務員。
 この極端に対照的なふたりの女性に接する自分の態度も、同じくらい極端に対照的になっているのが判っていた。正直俺は、女の人が苦手だ。だから、きれいでかわいい女の子を見ると余計にどう対応していいのか、何を喋っていいのか判らなくなる。
「大丈夫みたいですね、三階の倉庫にすべて揃っていますよ。そちらのソファーにお掛けになって待っていてください」
 パソコンの画面から顔を上げた粗志さんは、纐纈さんと俺に向かって笑顔で云うとカウンターから出て入り口手前にある階段へ向かった。それを見た纐纈さんが、慌てて身を乗り出す。
「あ、いいよ、粗志さん。そんな重いもの持って来なくても、ウチの若いのに持たせるから」
 云って、俺の腹を肘で思いっきりド突いた。声が漏れそうになる。痛い。どうやら鳩尾に入ったらしく、正直、本当に、痛い。なるべく平常心を保ったつもりで横目に見ると、纐纈さんはしかめっ面で俺を見上げて、早く行けよ、と云っていた。
「だからお前は女にモテないんだよ、素人童貞が」
 と小声で悪態を吐かれる。
「なッ…」
 んで、いま、ドーテーとか云うんですか。こんな、マドンナのいる目の前で。ワザとですか。ワザとでしょう、アンタ。童貞かどうかなんて、この状況では全くもって関係無い。しかも厳密に言うと俺、シロートドーテーではないんですけどっ。
 なんて反論が一瞬にして頭の中をぐるぐると廻った。が、反論するほどでもなかった。どっちでも似たような経験回数だって、思い当たったから。つまり、女性の扱いに、対応に、慣れていないと云われたんだ、今のは。返す言葉も無い。実際その通りだ。普段、どんな重たい物でも難なく運んでいる纐纈さんを見慣れてしまっている所為で、一般女性が非力でか弱い存在だという認識を忘れてしまっていたんだ。
 結局俺は纐纈さんの言葉に反論出来ないまま、粗志さんを追い掛けて階段を上った。
「すみません、こちらの仕事ですのに、手伝って貰っちゃって」
 粗志さんと並んで歩く。揺れる髪から、女の人の匂いが不意に鼻をつく。目線の位置は、俺と殆ど変わらない気がした。ヒールの高さもあるのだろうけど。俺が百七十三、四センチだから、彼女も百七十近くあるのかも知れない。
「いえいえ、力ぐらいしか脳が無いですからね、俺たちは。どんどん使ってやってください」
 きっかけがあると、言葉がついてくる。自分から切り出すことは出来ないけれど、相手から話題を振られれば、漫才のツッコミの要領で返すことは可能だ。そういう風に、出来ているらしい。
 粗志さんはくすっと笑った。
「面白いこと云う方だったんですね、岩原さんって」
「面白いですか、」
「ハイ。だっていつも、事務的なやり取りをするか、纐纈さんに付いて来て黙って後ろで待っている方、っていう印象だったので」
「はぁ……なるほど」
 確かに、今まで彼女とこうしてふたりきりになったことは無い。だから会話も基本的にしたことが無かったみたいだ。云われてみて初めて気付いた。
「こちらの棚ですね、ちょっと待っててください」
 倉庫は薄明かり。高く幾重にも立ち並んだ棚の所為で、蛍光灯の光りが上手く部屋全体に行き渡っていない。粗志さんの背中は少しぼんやりと映る。棚のラベルを見ながら、該当部品のナンバーを探して上下に揺れる彼女の背中。
 倉庫にはふたりっきり。もし今ここで、何かのアクシデントが起きれば。俺は粗志さんと、粗志さんに、触れることが出来たりするのかもしんない。例えば彼女があの棚の一番上の段に手を伸ばして、あのダンボールが崩れてきたりしたら。後ろにいる俺が受け止めるのは自然な流れですよね。もし万が一、彼女の身体に触ってしまっても、それは不可抗力ってヤツですよね。でもって、痴漢ッ、だなんて騒がれるどころか、感謝すらされちゃったりして。
「こちらが小部品の方ですね」
「あ、どうも」
 妄想は終わった。箱は小さかったし、棚の一番上でも粗志さんは難なく手を伸ばして抜き取っている。もしこれが纐纈さんだったら、多分届かないんだろうな。んでもって俺に「取って(ハート)」なんてことになったのかも知んない。
 いや。実際の彼女なら「岩原、あれ、持って行きな」って顎で指して終わりか。
「あとキャブレータがこちらなんですけど」
「あ、それはジブンが持ちますっ」
 慌てて前へ出る。荷物持ち要員として派遣された身なんですから、役立たずのままでは終われない。ひとつなら大した重さじゃないけど、箱で入ってればそれなりの重量になっているはずだ。
「助かります。私、上段にあるあの辺の部品出すの、苦手で。こういう時、男の人がいると頼もしいですね」
 俺が降ろした段ボール箱を取り分けながら、粗志さんはこちらを見上げて照れたように微笑んだ。これって、社交辞令なんだろうか。それとも、本心。この重さの部品を動かすことが、本当に彼女にとって重労働になるのかどうかが俺には判らない。多分、纐纈さんだったら難なく動かせそうなもんだし、俺自身も重いとは感じないから。
 粗志さんは、体型は痩せすぎなんじゃないかと思うほど細い。だから身長の割にデカイ印象は無いけど、かといってかわいらしい印象も無かった。それは、俺の偏った基準の所為かも知んない。どうやら俺自身は、力の有無で頼られることよりも、会話の際の目線の位置の方が気になるポイントらしい。身長差の所為でいつも俺を見上げて喋る纐纈さんに対して感じる変な優越感に似た満足心が、彼女に対しては得られなかったから。
 伊佐治商会からの帰り道。ちょっと寄り道をして近所のショッピングモールに入った。遅めの昼食を取るために、入り口からすぐのフードコートに立ち寄る。纐纈さんはこんなときのために、会社のロゴが入っていない薄手のジャンパーを羽織るが、正直あんまり意味はないと思う。だって横に、作業着姿丸出しの俺がいるんだから。
「やっぱりさぁ、職場にはあーゆー潤いが必要だね」
「何の話スか、」
 フードコートにあるカツ丼屋のテーブルに向かい合って座った纐纈さんが、嬉々として云った。俺は大盛りを注文したけど、纐纈さんは相変わらずハーフ丼を選んでいる。決してダイエットなどをしているわけではなく、体格も胃も小さいからすぐにお腹が膨れるらしい。実際、俺の大盛りと彼女のハーフで、食べるスピードはバランスが合うくらいだから本当なんだろう。
「アラシさんのことだよ。こう、近付いたらいい匂いしない、」
「あぁ、お部屋の芳香剤みたいな」
 あんたオッサンかよ。と思いながら、お茶を啜る。すると彼女は、目に見えて大きな溜め息を吐き捨てた。
「あれはコロンだろ。女の子の匂いってヤツだよっ」
 明らかに俺を莫迦にした口調。どうやら、云わなきゃ判って貰えないらしい。
 嘘を吐かない。吐けない。っていう自分の信念に基づいて、正直な心境を述べることにする。
「でもジブンはあーゆう化粧臭い匂いって苦手ですねぇ。どっちかっていうと、」
 纐纈さんみたいな、と云いかけて慌てて口を噤む。
「どっちかっていうと、何だよ」
 不思議そうな目をして纐纈さんが丼から顔を上げた。まるで、世の中の男はみんな粗志さんみたいなモデルタイプの女性が好きなんだろうということを信じて疑わないような、そんな目。
 ちょっと、意地悪をしてやりたくなった。
 世の中の女性ぜんぶに対する固定観念を少し壊してやりたいような、そんな気分。確かに粗志さんはキレイだ。纐纈さんが云うように、男ばかりで塗料や脂臭い異臭の漂う乾いた職場に華を添える存在であることも事実だろう。けど、彼女みたいな美人に実際憧れるかと問われれば、多分違う。目の保養にはなるし、並んで歩けば周囲の野郎どもに羨望の眼差しを向けられ優越感に浸れるだろうけれど、近くに居たいと感じるタイプとはまた違うのだ。
 美人は三日で飽きて、不美人は月日と共に愛嬌に変わる。それが人間の心理ってやつ。だって実際、初めて会った時の纐纈さんは女の子という印象なんて皆無だったし、正直云うと残念なタイプだと思った。世の中の女性がみんなそれなりに綺麗に見えているのは化粧マジックであって、化けの皮を剥がすと実際はこんな感じになるんだろうか、と疑うほどガッカリしたもんだ。
 けど、今はそこらを歩いている女性陣より彼女の方が愛嬌や親しみがあってかわいいと思えてしまっているのだから、不思議なもんだ。だって、纐纈さんの表情には偽りが無い。いつだって本音が見える。愛想笑いなんて俺にするわけないし、化粧で素顔を隠しているわけでもない。嘘偽りが絶対無いと判っている彼女の笑顔は本物で、それを見られた日には少し仕合わせな気分に浸れるのだ。
「俺は香水より、石鹸の香りがする女性の方がすきです」
 いつかの、居酒屋のカウンターに並んで座ったときのことを思い出して云った。何だかんだ云って今は纐纈さんのような女性といる方がラクで落ち着く。石鹸の香りというのは、そういう自然体でナチュラルであることの象徴のような気がした。
 纐纈さんの箸を持つ手が止まっていた。丼をテーブルに置いたまま、じっと正面に座る俺を見ている。そして、彼女はゆっくりと口を開いた。
「ビョーキだよ、お前。中学生か」
 一瞬にして突き落とされた。纐纈さんの表情には偽りが無い。いつだって本音が。
 でもその本音が、コレですか。俺は、あなたのことを云ったんですよ、纐纈さん。

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職場のマドンナ・アラシフミさん登場。
私の職場にも派遣事務員の長身ですらりとした女性がいます。
女の人から見ればステキな彼女も、微妙に身長にコンプレックスのある岩原くんから見れば小さい女性のほうが気に入ったりして。
不美人も三日経てば愛嬌に変わるのか?
それもホントウのことみたいですよ(笑)
以前、職場で女の子の話題で盛り上がっていた男性陣の会話を盗み(?)聞きした際に知った事実。(一部の男性だけかも知れませんが・・・)
三日は嘘にしても、一年前はイマイチ評価だったはずの女の子が、性格と笑顔が判った一年後には何故か陰のアイドル扱いまで昇格していたもんで、驚きです。
男の子たちからそんな話を聞いた日にゃ、希望が持てますね(←激しく勘違い!笑)

ってか今更だけど、1話の風俗嬢といい、このタイトルといい、「昭和臭さ」が漂っていると感じるのは私だけでしょうか?


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2012/03/30/Fri
ちょっとイロイロ触発されて、久々に物語を書きたくなりました。
最近、「大人の女性のための少女まんが」ってやつにはまってまして。
そういった雰囲気のある青年漫画(主に恋愛モノ)をBOOK OFFでまとめ買いしてよく読みます。
だからそんな雰囲気を目指したつもり。女性の職場にいないため、オンナゴコロが判らなさ過ぎて女性を主役には据えられませんでしたが、これは「オトメ小説」です!(断言)


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 こういう店に来ることに慣れてしまったのはいつからだろう。
 熊沢チーフの送別会という名の宴会でべろべろに酔っ払って、そのままの流れで団体様八名程度でキャバクラに大移動。サービスタイムが終わる一時間の間に店を出てまた新規の客として次の店へと梯子をし、気付いたら熊沢さんはいなくなっていた。残ったのは俺と青木と福本さんの三人。記憶が飛ぶくらい飲んでた割には見た目は平常心を辛うじて保っているように見えたらしい。
 個室に案内された部屋で上着を脱ぎながらそんなことを思った。だってこういう店は、泥酔客はお断りだったはずだ。
「はじめまして、アヤです。よろしくお願いしますね」
 少し鼻に掛かった声で、淡いピンクのベビードール姿の嬢が言った。壁紙の色は原色がかった黄色。これが興奮を煽る色なのかどうかは定かではないが、自分の部屋には絶対にチョイスしない色であることだけは確かだ。それが、非日常を演出するという意味では効果的なのかもしれない。
「お名前お聞きしてもよろしいですか、」
 あと、好みのプレイ内容と。と付け加えられる。
「……岩原昭俊です」
 壁に掛かったハンガーを見ながらネクタイを緩める。時間は限られているんだから、さっさとコンディションを整えなければならない。
「やだぁ、それ、本名でしょう、」
 嬢は少し笑いながら云った。じゃああたしはなんて呼べばいい、イワハラさん、と甘えた声で聞いてくる。何でもいいっすよ。云いながら、ベルトを外してそれも一緒にハンガーにかけた。
「ジブン、嘘吐くの苦手なんスよ。だから言っちゃいますけど、こういうトコ来るのも久しぶりだし、ぶっちゃけセックスだって何年もご無沙汰です」
 アルコールは人を饒舌にする。云いたいことも、云わなくていいことも、心の声も、駄々漏れに垂れ流してしまったりするものだ。嬢は、あら、と口に手を当ててから、うーんと宙を軽く掻き混ぜる。
「じゃあシュチエーションは恋人風、でいいですか、」
 そうっスねー、と適当に返事してベッドに腰を掛けた。彼女はすぐ隣に寄り添うように座ってくる。細い太股の付け根で止まったベビードールのフリルの丈が、実に絶妙だ。見えそうで見えない位置でふわりと揺れる。
「本名名乗ってくれたから、あたしもひとつだけ本当のこと、云っちゃおうかな」
 どうぞ。と云うと、本当は二十八歳なのよ、アキくん。と彼女が突然妖艶な声音で云ったもんだから、ついうっかり顔を上げてしまった。
 視線がぶつかる。
「やっと目、合わせてくれた」
 そう云って微笑んだ彼女の顔を見て、どきりとした。当たりだったからか。嬢が、妄想の範疇よりかわいかったからか。否。そうでは無い。
 似てる。と思ったからだ。ウチの会社の、纐纈さんに。
「アキくんって、ゼッタイ、あたしより年下だよねぇ」
「プロフ、見たんでしょ。二十五歳って」
「ウン、見たよ。だから、あなたより年下の設定にしたんだけど、さっきのコクハク聞いて、実年齢でいっちゃおーって」
「莫迦にしてンすか、」
「違うよ。お姉さんが何でも教えてあげるって、云いたいの」
 そう云って彼女は唇を重ねてきた。首に、腕が廻される。薄いシャツ越しに、たわわな胸が触れた。薄っすらと、舌が入ってくる感触。
「あの、おれ、オプション無しでって…」
 追加料金を払う金は残っていないはずだった。ベロチューは頼んでいない。俺はお店で過剰なサービスを追加したいとは思わない。必要最小限のサービスだけで充分だった。女の子の肌に触れることが出来て、運良く相手の子が上手かったり相性が良かったりして、気持ちよく射精出来ればそれで満足だ。
「いーの、黙って。これはサービス」
 彼女は離した唇に人差し指を当てて、ウィスパーボイスで答えた。そのまま、肩に廻した手が、腰の辺りまで降りてくる。
「あたし、岩原くんのことすきだなー」
 半年前。居酒屋のカウンターで聞いた科白を不意に思い出した。
「本当はね、いつかあなたの恋人になりたいの」
 ウイスキーのグラスを傾けながら、蔓延の笑みで云った彼女に、俺は一言も返せなかった。纐纈さんのことは、好きでも嫌いでもなかった。どちらかというと、多分すきな方だった。でも彼女は、俺の答えを期待していないように見えたから、黙っていた。正直なところ、レンアイなんてもんは面倒臭ぇ。纐纈さんは大事な同僚だったから、変なことになってその立ち位置を失くしたくなかったのかも知れない。
 それに、彼女がその辺りまで思慮深く考えて云った重みのある科白に、その日は思えなかった。そして日が経つにつれて、どんどんその感覚は薄まって。ついでに日常業務では相変わらずな対応をする纐纈さんに慣れてしまって、あの日の出来事はアルコールマジックが産んだ幻想だったのかもしれない。と思うようになっていた。
 嬢は、耳、首筋、鎖骨、胸へと唇で身体をなぞる。彼女の吐息が胸に掛かったとき、髪が頬に触れた。香水のような芳香剤のような、少しキツイ匂いがツンと鼻につく。
 纐纈さんは、どんな匂いがするんだろう。確か、以前ふたりで飲みに行った時、カウンターの上のお品書きを手に取ろうと少し乗り出してきた彼女の身体からは、仄かに石鹸の香りがした気がする。
 ふと上目遣いに見上げてきた嬢の顔を見て、慌てて視線を逸らした。
 何考えてたんだろう、俺。こんな時に、纐纈さんのこと思い出すなんて。なんというか、不謹慎じゃないか。失礼だろ。断じて、纐纈さんとセックスがしたかったわけじゃない。この子が、たまたま彼女に似ていたから思い出してしまうんだ。それにきっと、彼女はこんなに胸が大きくはないし、身長や体格だってもっと小柄な気がする。
 じゃあ、何処が彼女に似ていると感じるんだ。顔か。確かにこの子も纐纈さんも、一般的に男受けする顔立ちではない気がする。少なくとも俺の好みではない。でも、見慣れてくるとそれもかわいいかな、と思うのも事実だ。いつも無表情で笑わない彼女が、飲みに行ったときだけよく笑顔になった。化粧っ気がなくて、俺たちと同じ男勝りな仕事をしている彼女のグラスを持つ仕草が意外に女性らしくてどきっとした。そういえば、服装だってそうだったような気がする。作業着にジャンパー姿しか見たことのなかった彼女の太股と首筋が見えたとき、あぁ、この人女の子だったんだ、と思ったんだ。
「あれ、俺が一番だと思ったのに、イワちゃんもう終わってたの」
 待合でオレンジジュースを飲みながらふたりを待っていると、福本さんが出てきた。やんちゃな表情になって、俺が座るソファーに腰掛け、耳打ちするように問う。
「もしかして、今回もハズレだった、」
 風俗店で指名もせずに入って、自分の好みの女の子に当たることなんて早々無い。若い子に当たればまだマシな方で、自分より十も十五も年上のオバサンに当たる事だって珍しくないんだ。そんな時は目の前の事実を極力見ないようにして、射精することだけに集中する。年上である分、テクニックがあると信じて。店にいるのはみんな「女の子」で、俺たちはそんな「女の子」と過激なサービスで遊ぶため身体も懐もみんなみんな曝け出してスッキリしに来ているんだから。
「福本さんこそ。いつもより早くないスか」
「いやぁ、今日の子はハズレだよ。三つも年上でしかもデブ」
「それは巨乳っていうんスよ」
「イワちゃんのそのプラス思考、見習いたいもんだわー」
 福本さんは万年独り身の俺と違って常に周りに女がいる。正直、こんな店に来る必要なんて無い。だからか知らないが、大抵理想が高すぎる気がする。金払ってんだからカワイイ子とエッチしたいのは当たり前じゃん、とこの人は答えるだろうけど。
「で。担当の子、誰に似てた、」
 どきり、とした。誰にって。それは、芸能人に喩えると、っていう単純な質問だった筈なのに、またついうっかり纐纈さんの顔を思い出してしまったから。慌ててその思考を脳内から消し去り、俺の常套句である科白を口にする。
「中学時代に好きだった子に似てました」
「……相変わらず夢見てんねぇ」
「夢ぐらい見させてくださいよ、溜まってんすから」
「カノジョ作ればいいのに」
「相手がいません」
 多少口を尖らせる。嫌味でないことは判っていたが、この人は何故か次から次へと恋人が出来、途切れたことが無い。
「青木、まだヤってんのかな。遅いっスねー」
「俺たちが早いんだって」
 待合室にある自動販売機に小銭を入れながら、福本さんが云った。
 風俗に行くときは飲み会四件目以降、景気のいいボーナスの時期か誰かの送別会の後と相場は決まっていた。家では右手が恋人の俺からしたら、生身の女の子に触れる機会なんて早々無い。二十代半ば。相手がいなくても、お年頃の成人男子の並み程度には性欲はある。セックスはしたい。でも、お店で抜くのは正直マスターベーションと大差無いことも、終わってから気付く。嬢の顔なんて、誰一人として覚えていない。実際に相手にしている女の子の顔は極力見ないようにしていた。嬢の向こうに、昔すきだった子を重ねて見たりしている自分がいる。その学生時代にすきだった子に、今更未練があるわけではない。つまり、やっぱり、セックスに求めるものはアイとかコイって感情なんだろうと思う。
 なんてキレイごとを云っても、結局は性欲に突き動かされて、金で仮初めのアイを買ってるんだろうけれど。
 暫くしたら扉が空いて、死んだフナみたいな目をした青木が姿を現した。
「何だその目は」
「岩原、もう一件付き合えっ」
「……いいけど。俺はヤんないかんね」
 しれっと答えた俺に、青木はムキになって叫ぶ。
「だいたいさぁ、ここのパネルの写真、修正酷くないか。全然別人じゃん」
「パネルに修正はつき物でしょ」
「騙された。しかもヘタクソ」
「じゃー熟女専門店行く、」
「それもヤだ」
「ヌきたいんじゃなかったの。青木は女の子に幻想抱きすぎ。そんなかわいい子がこんな店に勤めてるわけないでしょ」
「お前は枯れすぎなんだよ、岩原。一番若いくせに」
 同期の青木は二個年上だった。確かに自分でも、オッサン臭い発言をしているとは思う。
「大体あのちかたん似の嬢で満足する辺りが小っさい」
 何だ、青木も同じこと思ってたんだ。纐纈さんのことを、陰で俺らは「ちかたん」と呼んでいた。本人の前では絶対云えないけれど。コウケツさんの苗字は堅苦しかったし、名前がひらがなで読みやすかったからってのもあるけれど、職場で唯一の女性社員ということもあって、いい意味でも悪い意味でも彼女は目立ってしまっていたから。
 纐纈ちか子。今年で二十九歳。俺より一年先輩で、年は三つ上。職場のアイドルには程遠い、元来、目立たないタイプの女の子だった。


*----------------------------*

・・・気まぐれに続く?

物語と主人公のモデルは学生時代にアルバイトをしていたコンビニの仲間たちとその常連客のおねえさん。そして今の職場と自分自身。
職場のアイドルには程遠い、間違ってもかわいいとは形容できない女性がヒロインとして登場する、アラサー女の恋愛事情です。(笑)


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サワムラの主催する小劇団…のはず。2012年に旗揚げ公演を行い、2014年現在、5月公演に向けて準備中。

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HN:
サワムラヨウコ
自己紹介:
二十代半ば(から始めたこのブログ・・・2014年現在、三十路突入中)、大阪市東成区出身。
乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。

1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。
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