現場仕事と仲間のこととか、たまにイデオロギー的なことをつれづれに。
読んだ本、すきな音楽やライブのことだとか。
脈絡無く戯言を書き殴る為の、徒然草。
2013/05/31/Fri
約一ヶ月ぶりの文章能力リハビリ小説、第2話。(ホントはもっとハイペースで仕上げたい・・・)
ダラッとはじまりはじまり。
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フォークリフトの腕には密かに自信がある。社内フォークリフト選手権、なんてものがあったとしたら、三位以内には食い込めるくらい。なんせ、出勤してその日の作業メニューが「貨物積み下ろし」だった日には、自己タイムベストを更新できるよう己との闘いをしているくらいだ。如何にバランスよく、多くの積荷を一つのコンテナに乗せることが出来るか。それでいて勿論、素早さと正確さも計算に乗せる。そうして作業の終わりに記録シートに記載した数値を見て、内心ほくそ笑むのだ。どのページを捲っても、誰も俺の作業時間と積荷重量のバランスの良さを超えてはいない、と。
けど、こんなことは競うものではないし、給料は単位時間で出ているものであって、歩合制なわけではない。査定にも業績にも響かないし、誰も褒めちゃくれない。これは単なる自己満足であって、得をするものではないのだ。どちらかといえば、同じ時間内、出来るだけ仕事をせずに時間を潰して定時で帰れるかという術を身に着けた方が賢いのかもしれない。
それになんだか、最近貨物積み下ろし作業ばかりやっている気がする。もしかしたら勤務担当者に俺の仕事の効率の良さを見抜かれていて、集中的に同じ作業に充てられているのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。いや、悪いように考えれば、他の仕事はこいつには任せられない、貨物積み下ろしの単純作業ぐらいしかやらせる能力はない、なんて思われているのかもしれない。だとしたらこんな自己記録更新なんて呑気なことをやっている場合ではない。
好きと得意は別物なのだ。フォークリフトを扱うことは得意だけれど、こうやって余計なことを考える時間が生まれてしまうのは単調作業ならではのことであって、正直あまり好きではない。余計なことなんて考える暇もないくらい頭をフル回転させなきゃなんないような作業の方が、一日の労働時間は感覚的に短くて、直ぐに帰路に着けるような気がする。
これは、マラソンにも言える気がした。マラソンはよく人生に喩えられるけれど、誰のためにもならない、ただただ苦しいだけの時間を過ごすことはまさに己との闘いなわけだ。走りながら、自分はなぜ今ここにいるのか、なぜ市民マラソンになんて参加すると言ってしまったのか、異常に息が苦しいのは普段煙草を止めれないからなのか、ハジヒロコがAV女優になった理由はやっぱり普通の就労に就けなかったからなのか、ていうかサトナカとは一緒のクラスになったことないのに何で今俺は奴の誘いに乗って走っているのか。
なんて思考が堂々巡りになって頭の中を渦巻いた。ゴールまでが異様に遠くて、永遠に終わりなんて来ないような気さえする。フォークリフトも、マラソンも。
「ダイスケ兄さぁーん」
単調作業を黙々と続けていたら、ダラっとした声に呼ばれて意識を取り戻した。
「貨物の検品したいんスけど、コンテナがデカイんで中二階まで運ぶの手伝ってくれません、」
ジトっとした潮風が肌を舐める。レバーを停止位置に留めて振り返ると、俺と同じ濃紺の作業着を着た崔泰佑が貨物倉庫の端に違法増築した中二階の検品場を指して待っていた。
「貨物はどれ」
「C-5エリアに置いてる、あれっす」
フォークリフトから降り、崔に付いて歩きながら奴の指す方に目を向けると、やたら奇麗なシルバーの箱が視界に入った。コンテナと言っても船に搭載させるためにウチみたいな輸出業者が作った、量産型で会社ロゴ入りの古びた箱とは全く違う。荷主が商品配送のため専用に作ったボックスだろう。コンテナの両端にはご丁寧に取っ手までついている。ちらり、と隣を歩く後輩を見遣る。手には何も持っていない。嫌な予感がする。
「……チェ氏、どうやって運ぶつもりなん、」
「え、兄さんと二人でハンドル持って階段上ろうかと」
「アホかお前、婿入り前の俺の腰を砕く気かッ」
「大丈夫っすよ、大した大きさじゃないし」
とは言っても、一見したところ高さ一メートル弱、長辺も三メートル程度は軽くある。溜め息が出そうになった。
「何のためにお前らにクレーンと玉掛けの技能講習行かせたと思ってんねん。ええからラッシングベルト五メーター二本、今すぐ持って来いや」
「ええっ、俺、運転自信ないっスよ」
「俺がやる。お前は監視員でもしとけ」
今やらないで、いつやるのだ。せっかく取った資格も、使わなければこうやって錆びていくというのに。
工具室へ走る後輩をわざとしかめっ面で見送ってから、倉庫の天井を見渡した。西の大扉は開け放しにされていて、目前の港からは文字通り肌に纏わり付くような多量の塩分を含んだ空気が流れ込んでいる。梅雨入りはまだのハズだが、ここらの空気はみな湿気臭い。もちろん倉庫内に置いてる工具や車輌もすぐ錆びる。けど、潮のにおいは案外心地いい。大阪の海は臭い、なんて言うけれど街からだいぶ外れたこの辺りの海は泳げるくらいキレイなもんだ。
上を向いて暫くきょろきょろ視線を泳がせていたら、天井クレーンの本体とその脇からケーブルで地上近くまで長く伸びたリモコンの所在が掴めた。北の壁際に寄せて停められている。ベルトを持って戻ってきた崔にハンドルから掛けるように指示し、俺は操作盤の電源を入れてリモコンを引っ張った。
後輩の手前偉そうな事を言ったものの、正直、クレーン操作は久しくやってない。一年ぶりくらいか。普段あまりにリフト車ばかり乗っていたせいか、こういうゆっくりとした動きに合わせなきゃならない機械は苦手意識がある。崔だってたぶんそれは同じで、だからリスクを避けたがったのだ。リスクを伴うのは何でも同じことだが、クレーン操作は失敗すると積荷が高所から落ちることになり、大災害を招きかねない。だから慎重に、ゆっくり、ゆっくり、操作する。いつものリフト車みたいにタイムを競ったりはしない。監視員をやっている崔の、オーライ、の声に合わせて、ゆっくり、ゆっくり。
「よし、一服行こう」
無事、中二階の検品場の床面にコンテナを降ろしたところで即行言った。内心、ほっと胸を撫で下ろす。何事もなくてよかった。
横にいる崔は何の疑心も抱かず当然の結果のように一連の流れを見ているようだが、こういうのを変な自信にしないで日頃からもっと練習しておかねば、と誓う。
とは言いつつ、喫煙所に入ると先輩風を吹かして説教モードに入ってみる。
「ほらな、クレーン使った方が楽で速いやろ。あれ、人力で運んでたら今頃まだ階段の途中で、登り切る頃にはギックリ腰発症確実やで」
「そうっスね。すんません。これからは日々、精進するようにします」
反省しているのかいないのか、いつもの単調な口調に頭を下げて、崔は煙草に火を点けた。左手に持った銘柄は黄土色のベースに緑色の縁取りが入っている。わかば、なんて若いくせにオッサンみたいな煙草を吸う。
「そう言えば大佑さん、もうすぐ結婚するんスか」
「はァ、」
突拍子もないことを突然言われて、思わず手にした煙草を落としそうになった。
「何で。誰がそんなウワサ流してるん、」
「いや、さっき自分で言うてましたやん、婿入り前の腰が……って。近々、ご予定がありはるんかなぁーと」
「あるわけないやん。彼女すらおらんのに」
「ですよね」
「あ。お前、知ってって言うたな、この」
「大佑さん、クラブ、行きません、」
「お前は所構わず話題を打ちまくる男だな……」
「クラブ行ったらモテますよ。ええオンナも結構いてるし」
さっきまでの何考えてるのか読めない無表情とは全然違う。明らかに顔に生気が宿っている。そういえば以前、崔の彼女はクラブで出逢ったとか言っていた気がする。
「いや、遠慮しとくわ。俺、人見知りやし。そういうの面倒臭いし」
「そういうの、って。クラブですか」
「いや、オンナの方」
「何でですか。じゃあ、大佑兄さんの好みのタイプってどんな娘ォです、」
今日はやけに食い下がってくる。奴の恋愛事情に、何か有ったのかも知れない。
「好みのタイプっつってもなぁ……。チェ氏の彼女はどんな子やっけ」
「こんな子です」
待ってましたと言わんばかりにすぐさまスマートフォンを取り出し、画面をこちらに向けてきた。中央にはBーBOY風の出で立ちをした崔と、その横にやたら胸が開いた細身のジャケットに身を包み眼に黒い縁取りをした若い女が写っている。要するに、巨乳の若いギャルが好みらしい。
「俺の好みは貧乳で素朴な年上の人かな」
わざと正反対のタイプを言ったみたいだ、と思った。そんなつもりはなかったんだけど、崔の彼女の写真を見たら不意にそう思ってしまったから仕方がない。
「熟女ですか……」
頭を捻り唸るようにして崔が言う。
「ちょっと待て。年上がええとは言うたが、熟女がええとは言うてへんぞ」
「でも兄さんより年上ってゆうたら、AVでは熟女コーナーになりますよ。人妻カテゴリーは、二十六からですしね」
「そうか。俺、熟女好きやったんか……。勉強になったわ」
てことは同じ二十六歳の俺はもうオッサンですよ、って言われているようなものかもしんない。ふと、接骨院のセンセイに言われたセリフを思い出した。もう若くないんだから、ってやつ。本心としては二十代半ばなんてまだまだ若者の気分ではあるが、実際体力の衰えは感じるし、ギックリ腰は気にしなきゃなんないし、同級生は結婚してるし、やっぱり年なんだろうか。
そんなことを気にしているから、マラソンにだって参加したし、ジムにだって通っている。そうだ。今日の帰りは久々にジムにでも寄って行くか。せっかく加入したのに、実はあまり通えていない。月額制ではなく一回五百円の回数券制のコースを選択した所為か、サボり癖が付いてしまった。いや、サボり癖があるのは昔からなんだけど。
「AVと言えば」
え、と崔が顔を上げる。ハジヒロコ。彼女のこと、こいつは知っているんだろうか。名前は何て言ったか。たしか、
「よしだ……」
「よしだ…吉田みるく、芳田チアキ、よしだ桃花、」
「そうそれ、よしだももか」
「桃花じゃ兄さんの好みとは離れすぎてるでしょ。巨乳で童顔だし」
そうなのか。でも年は俺と同じ筈なんだけど、と思ったが言わないでおく。もしかしたら、年齢はサバ読みしているかもしれない。
「あ、でも、」
ふと思い出したように崔は顔を上げた。そして、ニヤリと笑う。
「判りますよ、萌えポイントは合ってそうですよね」
何のことやらさっぱり判らないが、崔は勝手に納得してしまった。どういう意味やねん、と聞けばいいんだろうけど、俺はすぐさまスマートフォンを取り出す。百聞は一見に如かず。現代人の悪い癖だ。
字が判らないので平仮名でフルネームを打ち込むと、予測変換で漢字が出てきた。結構有名なのかもしれない。検索結果の文字列には、巨乳・ロリ顔・女子校生、といったキーワードの他に、同じキャッチフレーズらしきものが必ずヒットしていた。
声のない天使。
なるほど。吃音を逆手に取らず、声自体を無くしてしまった設定にしたんだ。喘ぎ声をあげない女優、っていうのは珍しくていいのかもしんない。我慢してるとか出さないわけではなく、「出せない」ってのがいいのだろう。この声によって彼女がどれだけ苦労したかとか悩んだかなんて、画面越しに射精する男たちにとっちゃこの手の職種によくある不幸要素であって、同情心を得るにはちょうどいいくらいだ。つまり、征服感と優越感を煽る香辛料でしかない。真実なんて、何だっていいのだから。
「桃花の新作、もし僕シリーズみたいですね」
何故か崔も自分のスマホで調べている。もし僕、と言えば「もしも僕の彼女が××だったら」という普通の恋人シチュエーション、ノーマルセックスのシリーズで、男優は殆ど出てこずカメラアングルが画面越しの恋人=自分、という設定のものだ。
「今夜のオカズにするわ」
画面から視線を外すと、窓の外は雨が降り出していた。
灰になった煙草を灰皿に押し付けて、俺は喫煙所のドアを開けた。
------------------------------------------------------------------------
今回は職場なシーン。
同僚後輩の名前、崔泰佑は「チェ・テウ」と呼んであげてください。
主人公は「チェ氏」というあだ名で呼んでいます。←この呼び方は実は私の職場でもやっている。主に、年長者が後輩に対して苗字+氏を付ける、という呼び方。
ちなみに「吉田みるく」というのは実在する私の友人(男・俳優)の芸名です。(笑)
まだ、続きます。
ダラッとはじまりはじまり。
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フォークリフトの腕には密かに自信がある。社内フォークリフト選手権、なんてものがあったとしたら、三位以内には食い込めるくらい。なんせ、出勤してその日の作業メニューが「貨物積み下ろし」だった日には、自己タイムベストを更新できるよう己との闘いをしているくらいだ。如何にバランスよく、多くの積荷を一つのコンテナに乗せることが出来るか。それでいて勿論、素早さと正確さも計算に乗せる。そうして作業の終わりに記録シートに記載した数値を見て、内心ほくそ笑むのだ。どのページを捲っても、誰も俺の作業時間と積荷重量のバランスの良さを超えてはいない、と。
けど、こんなことは競うものではないし、給料は単位時間で出ているものであって、歩合制なわけではない。査定にも業績にも響かないし、誰も褒めちゃくれない。これは単なる自己満足であって、得をするものではないのだ。どちらかといえば、同じ時間内、出来るだけ仕事をせずに時間を潰して定時で帰れるかという術を身に着けた方が賢いのかもしれない。
それになんだか、最近貨物積み下ろし作業ばかりやっている気がする。もしかしたら勤務担当者に俺の仕事の効率の良さを見抜かれていて、集中的に同じ作業に充てられているのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。いや、悪いように考えれば、他の仕事はこいつには任せられない、貨物積み下ろしの単純作業ぐらいしかやらせる能力はない、なんて思われているのかもしれない。だとしたらこんな自己記録更新なんて呑気なことをやっている場合ではない。
好きと得意は別物なのだ。フォークリフトを扱うことは得意だけれど、こうやって余計なことを考える時間が生まれてしまうのは単調作業ならではのことであって、正直あまり好きではない。余計なことなんて考える暇もないくらい頭をフル回転させなきゃなんないような作業の方が、一日の労働時間は感覚的に短くて、直ぐに帰路に着けるような気がする。
これは、マラソンにも言える気がした。マラソンはよく人生に喩えられるけれど、誰のためにもならない、ただただ苦しいだけの時間を過ごすことはまさに己との闘いなわけだ。走りながら、自分はなぜ今ここにいるのか、なぜ市民マラソンになんて参加すると言ってしまったのか、異常に息が苦しいのは普段煙草を止めれないからなのか、ハジヒロコがAV女優になった理由はやっぱり普通の就労に就けなかったからなのか、ていうかサトナカとは一緒のクラスになったことないのに何で今俺は奴の誘いに乗って走っているのか。
なんて思考が堂々巡りになって頭の中を渦巻いた。ゴールまでが異様に遠くて、永遠に終わりなんて来ないような気さえする。フォークリフトも、マラソンも。
「ダイスケ兄さぁーん」
単調作業を黙々と続けていたら、ダラっとした声に呼ばれて意識を取り戻した。
「貨物の検品したいんスけど、コンテナがデカイんで中二階まで運ぶの手伝ってくれません、」
ジトっとした潮風が肌を舐める。レバーを停止位置に留めて振り返ると、俺と同じ濃紺の作業着を着た崔泰佑が貨物倉庫の端に違法増築した中二階の検品場を指して待っていた。
「貨物はどれ」
「C-5エリアに置いてる、あれっす」
フォークリフトから降り、崔に付いて歩きながら奴の指す方に目を向けると、やたら奇麗なシルバーの箱が視界に入った。コンテナと言っても船に搭載させるためにウチみたいな輸出業者が作った、量産型で会社ロゴ入りの古びた箱とは全く違う。荷主が商品配送のため専用に作ったボックスだろう。コンテナの両端にはご丁寧に取っ手までついている。ちらり、と隣を歩く後輩を見遣る。手には何も持っていない。嫌な予感がする。
「……チェ氏、どうやって運ぶつもりなん、」
「え、兄さんと二人でハンドル持って階段上ろうかと」
「アホかお前、婿入り前の俺の腰を砕く気かッ」
「大丈夫っすよ、大した大きさじゃないし」
とは言っても、一見したところ高さ一メートル弱、長辺も三メートル程度は軽くある。溜め息が出そうになった。
「何のためにお前らにクレーンと玉掛けの技能講習行かせたと思ってんねん。ええからラッシングベルト五メーター二本、今すぐ持って来いや」
「ええっ、俺、運転自信ないっスよ」
「俺がやる。お前は監視員でもしとけ」
今やらないで、いつやるのだ。せっかく取った資格も、使わなければこうやって錆びていくというのに。
工具室へ走る後輩をわざとしかめっ面で見送ってから、倉庫の天井を見渡した。西の大扉は開け放しにされていて、目前の港からは文字通り肌に纏わり付くような多量の塩分を含んだ空気が流れ込んでいる。梅雨入りはまだのハズだが、ここらの空気はみな湿気臭い。もちろん倉庫内に置いてる工具や車輌もすぐ錆びる。けど、潮のにおいは案外心地いい。大阪の海は臭い、なんて言うけれど街からだいぶ外れたこの辺りの海は泳げるくらいキレイなもんだ。
上を向いて暫くきょろきょろ視線を泳がせていたら、天井クレーンの本体とその脇からケーブルで地上近くまで長く伸びたリモコンの所在が掴めた。北の壁際に寄せて停められている。ベルトを持って戻ってきた崔にハンドルから掛けるように指示し、俺は操作盤の電源を入れてリモコンを引っ張った。
後輩の手前偉そうな事を言ったものの、正直、クレーン操作は久しくやってない。一年ぶりくらいか。普段あまりにリフト車ばかり乗っていたせいか、こういうゆっくりとした動きに合わせなきゃならない機械は苦手意識がある。崔だってたぶんそれは同じで、だからリスクを避けたがったのだ。リスクを伴うのは何でも同じことだが、クレーン操作は失敗すると積荷が高所から落ちることになり、大災害を招きかねない。だから慎重に、ゆっくり、ゆっくり、操作する。いつものリフト車みたいにタイムを競ったりはしない。監視員をやっている崔の、オーライ、の声に合わせて、ゆっくり、ゆっくり。
「よし、一服行こう」
無事、中二階の検品場の床面にコンテナを降ろしたところで即行言った。内心、ほっと胸を撫で下ろす。何事もなくてよかった。
横にいる崔は何の疑心も抱かず当然の結果のように一連の流れを見ているようだが、こういうのを変な自信にしないで日頃からもっと練習しておかねば、と誓う。
とは言いつつ、喫煙所に入ると先輩風を吹かして説教モードに入ってみる。
「ほらな、クレーン使った方が楽で速いやろ。あれ、人力で運んでたら今頃まだ階段の途中で、登り切る頃にはギックリ腰発症確実やで」
「そうっスね。すんません。これからは日々、精進するようにします」
反省しているのかいないのか、いつもの単調な口調に頭を下げて、崔は煙草に火を点けた。左手に持った銘柄は黄土色のベースに緑色の縁取りが入っている。わかば、なんて若いくせにオッサンみたいな煙草を吸う。
「そう言えば大佑さん、もうすぐ結婚するんスか」
「はァ、」
突拍子もないことを突然言われて、思わず手にした煙草を落としそうになった。
「何で。誰がそんなウワサ流してるん、」
「いや、さっき自分で言うてましたやん、婿入り前の腰が……って。近々、ご予定がありはるんかなぁーと」
「あるわけないやん。彼女すらおらんのに」
「ですよね」
「あ。お前、知ってって言うたな、この」
「大佑さん、クラブ、行きません、」
「お前は所構わず話題を打ちまくる男だな……」
「クラブ行ったらモテますよ。ええオンナも結構いてるし」
さっきまでの何考えてるのか読めない無表情とは全然違う。明らかに顔に生気が宿っている。そういえば以前、崔の彼女はクラブで出逢ったとか言っていた気がする。
「いや、遠慮しとくわ。俺、人見知りやし。そういうの面倒臭いし」
「そういうの、って。クラブですか」
「いや、オンナの方」
「何でですか。じゃあ、大佑兄さんの好みのタイプってどんな娘ォです、」
今日はやけに食い下がってくる。奴の恋愛事情に、何か有ったのかも知れない。
「好みのタイプっつってもなぁ……。チェ氏の彼女はどんな子やっけ」
「こんな子です」
待ってましたと言わんばかりにすぐさまスマートフォンを取り出し、画面をこちらに向けてきた。中央にはBーBOY風の出で立ちをした崔と、その横にやたら胸が開いた細身のジャケットに身を包み眼に黒い縁取りをした若い女が写っている。要するに、巨乳の若いギャルが好みらしい。
「俺の好みは貧乳で素朴な年上の人かな」
わざと正反対のタイプを言ったみたいだ、と思った。そんなつもりはなかったんだけど、崔の彼女の写真を見たら不意にそう思ってしまったから仕方がない。
「熟女ですか……」
頭を捻り唸るようにして崔が言う。
「ちょっと待て。年上がええとは言うたが、熟女がええとは言うてへんぞ」
「でも兄さんより年上ってゆうたら、AVでは熟女コーナーになりますよ。人妻カテゴリーは、二十六からですしね」
「そうか。俺、熟女好きやったんか……。勉強になったわ」
てことは同じ二十六歳の俺はもうオッサンですよ、って言われているようなものかもしんない。ふと、接骨院のセンセイに言われたセリフを思い出した。もう若くないんだから、ってやつ。本心としては二十代半ばなんてまだまだ若者の気分ではあるが、実際体力の衰えは感じるし、ギックリ腰は気にしなきゃなんないし、同級生は結婚してるし、やっぱり年なんだろうか。
そんなことを気にしているから、マラソンにだって参加したし、ジムにだって通っている。そうだ。今日の帰りは久々にジムにでも寄って行くか。せっかく加入したのに、実はあまり通えていない。月額制ではなく一回五百円の回数券制のコースを選択した所為か、サボり癖が付いてしまった。いや、サボり癖があるのは昔からなんだけど。
「AVと言えば」
え、と崔が顔を上げる。ハジヒロコ。彼女のこと、こいつは知っているんだろうか。名前は何て言ったか。たしか、
「よしだ……」
「よしだ…吉田みるく、芳田チアキ、よしだ桃花、」
「そうそれ、よしだももか」
「桃花じゃ兄さんの好みとは離れすぎてるでしょ。巨乳で童顔だし」
そうなのか。でも年は俺と同じ筈なんだけど、と思ったが言わないでおく。もしかしたら、年齢はサバ読みしているかもしれない。
「あ、でも、」
ふと思い出したように崔は顔を上げた。そして、ニヤリと笑う。
「判りますよ、萌えポイントは合ってそうですよね」
何のことやらさっぱり判らないが、崔は勝手に納得してしまった。どういう意味やねん、と聞けばいいんだろうけど、俺はすぐさまスマートフォンを取り出す。百聞は一見に如かず。現代人の悪い癖だ。
字が判らないので平仮名でフルネームを打ち込むと、予測変換で漢字が出てきた。結構有名なのかもしれない。検索結果の文字列には、巨乳・ロリ顔・女子校生、といったキーワードの他に、同じキャッチフレーズらしきものが必ずヒットしていた。
声のない天使。
なるほど。吃音を逆手に取らず、声自体を無くしてしまった設定にしたんだ。喘ぎ声をあげない女優、っていうのは珍しくていいのかもしんない。我慢してるとか出さないわけではなく、「出せない」ってのがいいのだろう。この声によって彼女がどれだけ苦労したかとか悩んだかなんて、画面越しに射精する男たちにとっちゃこの手の職種によくある不幸要素であって、同情心を得るにはちょうどいいくらいだ。つまり、征服感と優越感を煽る香辛料でしかない。真実なんて、何だっていいのだから。
「桃花の新作、もし僕シリーズみたいですね」
何故か崔も自分のスマホで調べている。もし僕、と言えば「もしも僕の彼女が××だったら」という普通の恋人シチュエーション、ノーマルセックスのシリーズで、男優は殆ど出てこずカメラアングルが画面越しの恋人=自分、という設定のものだ。
「今夜のオカズにするわ」
画面から視線を外すと、窓の外は雨が降り出していた。
灰になった煙草を灰皿に押し付けて、俺は喫煙所のドアを開けた。
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今回は職場なシーン。
同僚後輩の名前、崔泰佑は「チェ・テウ」と呼んであげてください。
主人公は「チェ氏」というあだ名で呼んでいます。←この呼び方は実は私の職場でもやっている。主に、年長者が後輩に対して苗字+氏を付ける、という呼び方。
ちなみに「吉田みるく」というのは実在する私の友人(男・俳優)の芸名です。(笑)
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プロフィール
HN:
サワムラヨウコ
自己紹介:
二十代半ば(から始めたこのブログ・・・2014年現在、三十路突入中)、大阪市東成区出身。
乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。
1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。
乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。
1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
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