なんでこんな気苦労をしなくちゃいけないんだ。
急にふと、疑問が涌いた。俺は実は蚊帳の外であって、関係ないんじゃないかって思えてきたのだ。
確かに朋久は大切な友達だ。生まれたときから家が隣同士で、誕生日も二日違いでオマケに同じ病院で生まれたという、切っても切り離せない関係のような幼馴染みだ。ただ、俺は莉子ちゃんに恋心を抱いているわけでもなく、そもそも莉子ちゃんには彼氏がいるらしかった。
「何で、俺なんですか」
話を遮って、頭の中でぐるぐるしだしたことを口に出してみた。
え、と莉子ちゃんの説得も立ち止まる。何でって。少し考えるような、そして少し怒ったようにも取れる素振りを彼女はした。
「だって、あんたくらいしか居ないでしょ。あの子が認められそうな相手って」
そうかな。反発心を持ったけれど、口には出さなかった。肯定も否定もせず、いつものように黙り込む。
「協力してくれないの」
莉子ちゃんは急に淋しそうに言った。
「ねぇお願い。あたし、朋久とは……もっと言えば、種原家とは、ずっと仲良くやっていきたいのよ。その為だったら、何だってするわ」
淋しそうに聞こえたけれど、そのセリフには強い意志が宿っているんだなって判った。
判ってるけど、正直今の俺にはそんなことどうだってよかった。俺の、平凡で順調な毎日を崩そうとしてくる莉子ちゃんの存在が、正直煩わしいとさえ思えた。
「何でもするって」
自分でも驚くぐらい感情の無い声が出た。
「じゃあ、俺とセックスしてよ」
だって、そういうことでしょ。とでも言いたげな俺の言葉。別に、何も期待してなかった。年頃で童貞の男子高校生なら、誰だって興味があるだろうってことを言っただけだった。莉子ちゃんを困らせてやりたかったわけでもない。でも、これで諦めてくれるだろうと安易に考えていたのかもしれない。だから、予想もしてなかったんだ。こんな返事が、来るなんて。
「いいよ。それで始が、その気になってくれるなら」
どうせ、いつかは別れてしまうだろう。
あいの言葉ほど薄っぺらくって意味を持たないものは無い。
真実はいつだって人のこころの中にあって、それを知ることは永遠に出来ない。出来ないからこそ、騙されてあげることができる。
このひとはきっと嘘を言っている。あたしの身体が欲しいから、嘘の言葉で繋ぎとめておこうとしてる。
そう感じても、声に出さなければ判らないのだ。相手も、自分も、みんなみんな偽って、そうやって小さな世界を守ろうとしてた。
今思えば、莫迦みたい。
けど、あたしは真剣だったのよ。
誰かの一番になりたかった。
一番大切な存在になって、自分がこの世に必要とされているんだって認めたかった。誰からも愛されない虚しさは、誰よりも知っているつもりだったから。
岩佐くんは、絶対に自分からは動こうとしなかった。
メールも、電話も、飲みの誘いも、全部があたしからの切り出し。けど、あたしにはそれがちょうど心地よかった。
正直、男の人は信用出来ない。特に、自分からあたしに近付いてくる男なんて。器量も愛想も良くない、おまけに最悪の言葉遣いといわれているあたしの何処に魅力を感じるのか疑問だったし、どうせ遊びの身体目的がオチだろう。と思うようになってしまっていたから。だから、自分からは誘って来ないけどこちらの誘いには必ず同意してくれる彼の存在は、本当にありがたかった。
彼は、顔を見ても挨拶すらままならないクセ、話しかけるとくるくると口が廻った。よくそんな突っ込み思いつくな、と感心してしまうほどに他人に話を合わせるのが上手くて、そして相手の込み入った事情に突っ込もうという気がまるで無かった。他人の噂話やプライベートな事情には興味が無くって、ちょっと笑える自虐ネタと共通の感情論と昔話で何時間でも間を持たせることのできる才能を持っていた。
「芳野さんって、思っていたよりずっとこっち寄りの人間なんですね」
何の感情も伺えない声で、岩佐くんは言った。
これは、彼の癖だ。喜怒哀楽の感情がわかりにくくって、淡々と突き放したように喋る。はじめは世間を敵に回そうとしているのかと思ったけれど、この癖が判ってからは気にならなくなった。普段がそっけなく見える分、稀に見る笑ったときの表情が焼き付いて忘れられない。
「どゆ意味」
「見た目よりずっと、オトコっぽい、って意味です」
今更判ったの。あたしは大口を開けて笑った。そしてそのまま足元がおぼつかなくなって倒れ込みそうになる。咄嗟に、彼のいない車道側に身体を傾けた。
誰だって、好意の無い異性の身体には極力触りたくないだろうし、間違いというのは些細なスキンシップから始まるものだから。
案の定、手を差し伸べられることは無かった。
岩佐くんはその場で立ち止まって目を丸くしてあたしを見下ろしている。判ってはいたけれど、少し淋しい気持ちになった。判ってはいたけれど。
だって、咄嗟に行動を起こせる人って言うのはまず女慣れしている人であって、彼は明らかに該当しない。それに、岩佐くんは少しでも身体に触れるような対応があることを嫌っているように感じた。
「大丈夫ですかぁ。ひとりで帰れます、」
心配そうに、というよりは飽きれた感じで声を掛けられた。あたしは慌ててまっすぐに立ち直し、大丈夫だいじょうぶ、見た目ほど酔ってない。と応える。
酔ってる人ほど、酔ってない、って言うんですよね。知ってます。と彼は問いかけるように言う。知ってるよ。じゃあなんて言えばいいんだ。突っかかってみるけど、余計に酔っ払いの絡みみたいになってしまって説得力が無い。岩佐くんは静かに周りを見渡し、何かを確認した。
「……うちで、寝ていきますか」
いつも通りの、淡々とした口調。
で、意外な一言。
一瞬、黒い記憶と感情が、フラッシュバックした。いや、違う。岩佐くんは、判ってないのだ。あたしがオンナで、自分がオトコだという事実に、目が行っていない。
間が空いて、彼があたしの返事を待っているかのような時間が流れた。
判らないなら、判らせてあげようじゃないの。あたしはちょっと意地悪な気持ちになった。
「そしたら、あんたを襲っちゃうよ」
「大丈夫ですよ。女性に失礼の無いように、ジブンは出て行きますから」
岩佐くんの顔が、真剣に見えた。
いま、何かが守られた気がした。
崩壊するときは一瞬で、短い賞味期限の甘美な汁。それを、彼が跳ね除けてくれた気がした。
本当は、何の感情も無かったのかも知れないけれど。
けど、流されなかったのは、あの人とは違った。
岩佐くんは今年二十四歳。あの時の、あの人と同じ年齢。
身体を重ねることと、あいを確認する行為。
それらは全く違う次元に存在していて、二つがリンクしている世界があることを信じている人間は、おめでたい連中だと思っていた。
月嘩
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乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。
1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。