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現場仕事と仲間のこととか、たまにイデオロギー的なことをつれづれに。 読んだ本、すきな音楽やライブのことだとか。 脈絡無く戯言を書き殴る為の、徒然草。
2024/05/19/Sun
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2010/03/21/Sun

 八月二十九日を、俺は忘れない。それは、ハエちゃんと二人きりで出掛けた三回目の日だ。二人で出掛けたところと云えば、俺が借りてたビデオを返すために行ったレンタルショップか、夕飯を食べに行った拉麺屋くらいのものだ。その日は拉麺屋に食べに行った帰りだった。歩いて行った俺は、ハエちゃんをアパートの下まで送っていった。二階に住むハエちゃんは、じゃあ、と云って一段足を掛けて振り返ると、突然俺の右頬に手を触れて、目蓋の上に唇を載せた。眸を開けると、ハエちゃんは悪戯に笑って、そのまま階段を駆け上がっていった。まだ手を繋いだことも無かった。彼氏になったわけでもなかった。でも、ハエちゃんからキスしてくれた。それは、彼女になってもいーよ、と云う意味なんだろうか。その場で何も返せなかった俺に、後からわざわざ話を掘り返す勇気が持てるはずがない。否、そんなことはどっちでもいい。別に、どんな関係だっていいんだ。今は確実に、俺は彼女に好意を持ってもらえている。それだけで、充分だ。
「云ってもええかな、」
 臨時収入があったから夕飯奢るよ、と云った日の帰り。ハエちゃんが突然云った。何、と聞き返すと、少し間を空けて彼女は口を開いた。
「パチンコは、止めたほうがいいよ」
 え、と思わず聞き返しそうになる。ハエちゃんに、パチンコをやる話しはしたことが無かった。何で判ったの、と聞くと、臨時収入と煙草のにおい、とハエちゃんは答えた。
「うちが、タケ兄ちゃんの趣味に口出す資格は無いけど。でも、賭け事は波があるもんやから。……止めて欲しいな」
 ハエちゃんの声は、不思議だ。その声で云われた言葉は、力を持つ。俺は、何かとても悪いことをした気になって、判った、もう行かないようにする、と誓った。
「行きたくなったら、うちを呼んで。会いに行くから」
 そう云って、ハエちゃんは微笑んだ。

 

 もう行かない、と云ったのは本当の気持ちだ。でも俺の目の前では、七回連続の確変で回る新海の台があった。何故こんなことになったのか、事情がある。朝からこの台に座った友人が、二回目の確変を引いた後、急用が出来て席を外すことになったのだ。その連絡に捕まったのが、俺しかいなかったらしい。あまり気は進まなかった。それに、少しの罪悪感を感じた。でも、自腹をきって始めたわけじゃないし、俺は友人を手伝っただけだ。だからきっと、許してもらえる。ハエちゃんとの、誓いに。
 友人と入れ代わってから、五箱積んだ。時間にして、どれくらい経っただろうか。隣の席の人間は立ち去り、しばらく空き台になっていたが、俺の台の大当たりが終わった時に、誰かが座った。
「最近来ぇへん思ったら、こんなとこ居ったんか、タケ」
 引かれるように振り返った。背筋に、軽く電流が流れた感じがした。その名で俺を知っている人間なんて、連中しかいないはずなのに。
 隣の席には、同年代くらいの男が座って俺を見ていた。見覚えのある顔。
「ピース」
 俺はその名を口にして、一瞬止まった。
「タケ、台、台見な」
 その声で我に返った俺は、慌てて力の抜けていた右手を動かした。
「めちゃ調子ええやん。俺に一箱、投資してや」
「悪いけど、これ俺の台じゃないんだよね。只今、留守番中」
 気軽に話しかけてくるピースをちらりと見て、云った。なんや、と残念そうに返したピースは、暫くしてまた口を開いた。
「女、出来たんやろ」
 俺は台を見たまま、眼を細めた。答える気は無かった。と云うより、明確な答えが用意出来なかった。俺が黙っていると、ピースは勝手に話を続けた。
「大体みんな、そうやねんて。恋人が出来ると、足洗たなんねん。後ろめたいこと、したないからかな。それか、もう出来なくなるんや」
 悟りを得たように、ピースは喋った。
「コイをすると、全ての仕合わせが手に入った気持ちになる。俺たちのやってることは、結局、犯罪やからな。そこまでして手に入れる金に、価値が見いだせなくなるんや」
 画面に、一が並んだ。八回目の確変大当たり。俺の台の台番が放送され、従業員がシマに入ってきてドル箱を下げ、空のを置いた。人影が遠ざかる。と思ったら直ぐに、引き返してきた。
「留守番さして、悪かったな」
 戻ってきたのは従業員ではなく、この台を最初に廻していた友人だった。用事が終わった為、戻ってきたらしい。まだ確変で回ってるのか、と彼は喜び、今持合せが無いから明日潰した時間分のお礼を払うよ、と云った。その様子を見ていた隣の台のピースは何も云わずに立ち上がり、店を出ていった。俺も友人と二言三言、言葉を交わすと、シマを出た。店を出ると、入り口にピースが立っていた。
「もう、来ぇへんのやろ。名簿から名前は消したん、」
「まだやってない」
 ピースは煙草を吹かした。吐き出された煙から、軽く薄荷のにおいがした。以前、仕事で一緒になったとき、緑の縁取りのある箱から煙草を出していたのを思い出す。その時は無性に煙草が吸いたくなって、一本貰った。喉飴の味がしたのを覚えている。鼻に、風が吹き抜けて。二服目を吸いたいとは思わなかった。俺は、時間を潰したいときだけ、煙草を吸う。買うのはいつも、セブンスター。旨いと思ったことはない。煙草なんて、出来るだけ不味いほうがいい。出来れば、吸わないほうがいい。ピースはいつも煙草を銜えていた。銘柄は、忘れた。
 思い立ったら早ぉ行動したほうがええ、時間が経つと足を運ぶのが厭になるから、とピースは云った。向かいの道路の信号が、青になる。人の流れが動きだすのに乗って、俺はピースと別の方向へ向いた。人混みの、横断歩道の真ン中で、ピースが振り返る。
「もう、戻ってきたらあかんで」
 行き交う人が、ちらちらと彼を見ながら通り過ぎる。俺は、やっと届くくらいの声で答え、ピースに背を向けた。
「戻らねぇよ。お前とも、さよなら、だ」

 

 会いたいからと電話を掛けると、ハエちゃんは仕上げなければならないレポートがあると云った。それを聞いて俺も、珍しく翌日の予習があったのを思い出した。その事を何気なく口にすると、じゃあ家で一緒にやろう、と受話器の向こうから返ってきた。
「散らかってて、ごめんな」
 そう云われて上がったハエちゃんのアパートは、思っていたよりずっと広かった。台所と部屋の間切りはされていて、部屋は一間だが八畳あるらしい。畳の真ん中に、蒲団の掛かっていない古いこたつ机が置かれていて、その古さ加減の雰囲気が、普段のハエちゃんの恰好とよく似合っていた。
 時間が丁度昼時だったため、飯を食べることになった。一緒に狭い台所に立ち、料理をする。そして、低い天上のアパートの一室で、同じ机の上で一緒に飯を食った。それだけで、もう満足だった。もしかすると、そんな事をずっとしたかったのかも知れない。何気ない、日常の。小さな仕合わせ、ってやつに憧れていたのだ。きっと。
 予習が、ハエちゃんのレポートより早く仕上がった俺は、その場に寝転んで窓の外を見ていた。アパートの二階は小さなベランダになっていて。周りの建物の隙間から、僅かに空が見えた。雲が流れていく。あれは、高層圏だろうか。ここの風は、それほど吹いていない。
 視界の隅で、洗濯物がなびいているのが判った。一つのフックに、幾つもの洗濯挟みが付いているやつだ。それに吊るされているものは大抵、靴下や下着と相場は決まっている。だから敢えて、俺はそれを見ないようにしていた。それとは反対側にある、空の切れ端に視線を集中させる。雲が、流れていく。空が狭すぎるせいか、勢いよく流れていた。白と碧のコントラストが、鮮やかに眼球に焼き付き。そして、何も見えなくなった。眼を開けると、雲は途切れて、碧がずっとそこにへばり付いていた。風が吹いた。視界の隅の洗濯物が、棚引く。自然に、そこに眼が行った。あ、と思った。それは、見ないようにしていた予想通りの女物の下着の所為だけじゃない。むしろ、その中に一緒になって吊るされていた、トランクスの所為だった。
「何、」
 俺が声を上げたため、ハエちゃんが顔を上げた。俺は慌てて、何でもない、と云った。
 以前、TVの特集で聞いたことがある。女性の一人暮しは空き巣に狙われやすいから、わざと男物の下着を窓に掛けておくのだ、と。そうすれば、泥棒もその家に入るのを躊躇うだろう。なるほど、と思った。でもそれを買いに行ったハエちゃんは、想像付かなかった。否、余計なお世話だ、きっと。そんなことを考えるのは、失礼だ。

 

「あれ。青橋さんは、」
 開口一番、俺はそれを聞いた。コンビニのバイトの為に店に入ると、いつもこの時間帯に入っているハエちゃんの姿が見えず、カウンターでは健一郎が棚の煙草を並べていた。
「なんか、体調悪いらしいっスよ。昨日から休んではるし」
 そんなことは、知らなかった。俺は、云い知れぬショックを受けて、暫く茫然と動いていた。ハエちゃんの体調が悪いことを二日間も知らなかった自分にも失望したし、バイトを休むほどの体調不良を云ってくれなかったハエちゃんにも、淋しさを感じた。
 いつも通り話しかけてくる健一郎の言葉も、半分耳から流していたが、健一郎がハエちゃんの時間を代わる事になった話は聞こえた。二日前の夕方、健一郎がバイトに入っている時に、体調が悪いので出来れば代わってほしい、という電話があったそうだ。健一郎は自分の時間の続きで三時間余分に入ればいいので、すんなりと代わったらしい。
「そういえば、ギンの体調が悪いから、って云ってましたよ」
「ギンって何だ、」
「さあ。ユーロウさん、知らないんスか。……何やろ。ペットか何かかな」
 ペットは飼っていないはずだ。でも、ギン、が何を指しているのか、まるで検討が付かなかった。もしかしたら、健一郎の聞き間違いかも知れない。身体の具合の悪い部分を云ったのを、電話で聞き違えただけだったのだ。それでも。
 案外俺は、ハエちゃんに付いて何も知らないのかもしれない。俺が知っているのは、250ccのバイクに乗っていて、企業内専門学校に昼間通う一年生で、夜のコンビニでバイトをしていて、首にいつもスカーフを巻いている十九歳の女の子、と云う事だけなんだろう。
 ハエちゃんのことは、すきだ。でも、この気持ちは何だろう。相手の知らない部分を知ろうとして、不安になるのがコイだ。もしも、お互いの秘密が全て無くなってしまえば、コイは成立しないだろう。知らない部分は、見てみたい。たとえそれを見て、多少の動揺をしたとしても、きっとこの不安は拭い去ることが出来るから。だから、会いに行きたい。今、直ぐにでも。
 健一郎が帰って、深夜一人になった時、たまたま俺は事務所の机の上に、ハエちゃんの持っていた黄色い巾着を見つけた。それで、僅かな迷いに決心が付いた。
 日付が回って、翌日の正午近く。俺はいつもより早起きして、ハエちゃんのアパートに向かった。俺は、夕方四時半から夜の十時までが学校。コンビニのバイトがある日は、その後、零時から朝の六時まで。それから、眠りに付く。ハエちゃんの体調が、もし回復していたならば、今頃は学校に行っている時間帯だ。出ないなら、それでいい。家にいたなら、まだ体調が思わしくないと云う事。忘れ物を届けたついでに、何か看病が出来れば丁度いいだろう。
 この間来たときに開いたドアの前で、立ち止まる。呼び鈴代わりのブザーを鳴らした。
「はい、」
 少し間があって、声と共にドアを開いたのは、知らない少年だった。
 俺は慌てて、ドアの上の壁に掛かっている表札を見返した。そこには、二〇三 青橋、と書かれている。
「青橋八重さんのお宅ですよね」
 改めて確認する俺に、少年は、そうですけど、と短く答えた。
「あの。ハエさんは、」
「学校行ってます」
 少年は片足でドアを固定し、首を傾げて左手で頭を掻いた。脱色した僅かな髪を耳の後ろで二つに分けて縛り、左耳には輪っかのピアスをしている。年の頃、十四、五歳程度。細く鋭い吊り目に、左頬から顎にかけてある鋭利な傷跡は、女の子のようなその髪型とは不釣合いだった。
 暫しの沈黙。少年は答えるだけで、何かを聞いてくる様子はない。
「君は、ハエさんの弟さん、」
「いいえ」
「従弟」
「いいえ」
 じゃあ。もしかして、この少年が。
「……ギン。」


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ユーロウ(タケ)の、パチンコばっかりやってる日常。
今ではそんなに悪いとも思いません。

ですが、これを書いてた当時(サワムラ・19歳)はタバコの煙に巻かれて続けていたパチ屋(スロ担当)のバイトをやっと辞めた頃で、打子バイトの知人が店と雇い主との板ばさみによるストレスで胃を壊したところでした・・・。

打子バイトは堂々とバイト募集してるし、別に犯罪ではありませんよ。一応。

今のサワムラと照らし合わせると、退廃していく気分とは逆の心理のユーロウくんですが、でも、身に染み付いた業はなかなか消せない、というところを云いたい。




4話目は、ギン&ハエの日常やギンについての話でしたが・・・・・・。
「ミシェル・リーの泪」、ここで一旦終了。
地味にここまでしかまともに残っていなかったため。
 

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月嘩
サワムラの主催する小劇団…のはず。2012年に旗揚げ公演を行い、2014年現在、5月公演に向けて準備中。

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二十代半ば(から始めたこのブログ・・・2014年現在、三十路突入中)、大阪市東成区出身。
乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。

1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。
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