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現場仕事と仲間のこととか、たまにイデオロギー的なことをつれづれに。 読んだ本、すきな音楽やライブのことだとか。 脈絡無く戯言を書き殴る為の、徒然草。
2024/05/19/Sun
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2010/03/17/Wed


 ユメ、なんて叶えるもんじゃない。
 叶わないから、ユメなんだ。と、最近思う。だから掲げる理想は高い方がいい。間違ってもそのユメが、実現してしまわないように。
「ユーロウさん、そろそろ新曲やりましょうよ」
 健一郎が間延びした声で云った。廃棄の椅子と机が散乱する屋上行きの踊り場に、古いドラムセットが置いてある。俺たちは、高校の夜間部の俺の授業が終わった放課後に、気が向いたときだけ其処に集まって好き勝手に楽器をいじった。
「新譜。誰が書くんだ、」
「ユーロウさんに決まってるじゃないですか。ギターなんだし」
 面倒臭げに生返事をする俺に、健一郎は驚いたように声色を変えてみせた。
 健一郎と出会った場所は、此処だった。一年前。健一郎が、まだこの学校に通っていた時のことだ。授業中、何処かから微かに聞こえてくるリズム音に興味を持って、此処を覗いたのが切っ掛けだ。だから俺たちは、高校の先輩後輩の関係になる。当時の俺は入学したてのぴかぴかの定時制夜間部の一年生で、彼は全日制の三年生だった。
 音楽を、やりたかった。その為の仲間が、欲しかった。
 そう思い立って、三年になる。そもそも俺がこの年になってから、一度中退た高校を行き直そうだなんて思った切っ掛けも、それだ。いい作品を作るためには、柔軟で多彩な知識があったほうがいいと、当時は真剣に思ったからだ。
 やりたいことが何もなくて、目指すものが何もないのに、毎日を過ごさなければならない事は思ったより苦痛だ。ただ生きるためだけに飯を食い、ただ生きるためだけに日雇いの仕事をする。それは、終わりの無い迷路に迷い込んだようで、目の前に横たわっている膨大な時間に絶望したくなる。
 だから、目標が必要なんだ。この坦々とした日常に、転機と終点を作るために。夢を持つと、それに向かって努力する時間と、それに携わらない休暇の時間が生まれる。生活に於て、するべきことの優先順位が生まれる。やりたいこと、を答えられると云う、安心感。夢があるから出来る、言い訳。夢を持つだけで、其処に自分の居場所が生まれる。
 だから、大事なんだ。夢を持つことは。
「今やってる曲も満足に出来上がってないのに、何が新曲だ。大体、俺たちの演奏技術は低すぎるんだよ。何て云うか、もっとこう深みのある音が欲しいっていうかさ……」
「だから、ベースとキーボードとボーカル探しましょう、って云ったじゃないっスか。そもそも、ギターとドラムだけのバンドなんて、聞いたことないっスよ」
「バンドやりゃいい、ってもんじゃないんだよ。俺は音楽がやりたいの。健一郎だってそう云ってただろ」
「だから、何が違うんですか」
 会話の内容だけ聞くと、俺たちは真剣な音楽好きで、何かしらのゴールに向かって希望を持っているように聞こえるかも知れない。けど実際は、二人のこんなやりとりは毎度のことで、まるで進展が無い。第一、だらだらと声を伸ばして喋るため、やる気なんてものは全く感じられなかった。
 俺は、夢と云う肩書きのため。健一郎は、仕事の合間の趣味。俺たちの音楽なんて、その程度のものだ。その程度の、ものなんだ。

 

 たまたま、御堂筋線に乗る機会があって、久しぶりに天王寺の幾つか手前の駅で下りてみた。コンビニのアルバイトを始める前は、よくこの付近を徘徊していた。先月まで不定期でしていた仕事が、この近辺であったからだ。仕事の内容は、至って簡単。天王寺付近の駅で降りて、橋桁のコインロッカーの中にあるメモに指示された場所へ向かって、受け取った袋を持って歩くだけ。時間にして僅か数十分程度で、一回数千円。しかも仕事は、自分の時間のある時にコインロッカーを覗きに来ればいいだけ。
 俺の、散歩コースになったこの路を、久しぶりに通った。橋桁の下は何時も通り薄暗くて、陰気臭くじめじめしていた。見慣れた何時もの、古びたコインロッカーを見た。けど、今日は鍵を廻してそのドアを開ける気には成らなかった。警察が居たからじゃない。最近は、ハエちゃんの事で頭がいっぱいで。このドアを開けてしまうと、俺はもう、ハエちゃんに会ってはいけない気がする。
 それに、そうやって手に入れた金を使いたくなかった。何故、急にそんな気持ちになったのか、説明できない。今までは、そんなこと考えもしなかったのに。
 メモを見ることもなく、道形に真っ直ぐ歩き続けていると、徐々に歩行者の数が増え始め、天王寺の駅前に着いた。国鉄と私鉄を繋ぐ歩道橋の欄干の下では、幾人もの路上アーティストたちが、通りすぎる人々に自分たちを売り込んでいる。似顔絵描き、手作りの装飾品売り、詩人、大道芸人、バンドマン。あらゆるジャンルのアーティストが屯するこの場所は何時も人で賑わっていて、そして夢に溢れていて。俺はその空気に気圧される気がして、この橋の上はすきじゃない。きっと彼らとは、考え方が違うからだ。意識の奥底に、希望と云う名の光を煌々と輝かせているのが見て取れる。同じ夢を語っていても、俺にはその場所を共有する資格がなし、したいとも思わない。
 確かに、彼らに憧れた時期も、過去にはあった。路上から、全国的に有名なアーティストになった奴だって、此処からは生まれている。だから、此処はスタート地点だと俺は思った。そのスタート地点に、仲間と共に立ち、いつかそれがライブハウスへ変わることを、例外なく思ったりした。けど、いつのまにか、そのスタート地点に立つことさえ困難なほどに、気力が薄れてしまった。此処にいるのは、所詮名も無き素人。成功するのはほんの一握りであって、此処は聖地でもなんでもない。ただの、排気ガスが充満する、都会の一画なんだ。夢を信じている彼らを、軽蔑していたのかも知れない。何にも意義を見いだせない自分を、見据えないために。
 人波に流されるまま橋を渡っていると、交差点の真上の位置で、一人の男がギターを弾いていた。交差点上の橋幅は広く、いつもバンドマンたちが陣取って演奏を披露している。今日も、全部で四組程のバンドが好き勝手に演奏していた。派手にパフォーマンスしているのもあれば、しっとりと聴かせる曲を奏でているのもある。どのバンドの周りにも、多かれ少なかれ足留めした通行人の客がいるのに、ギターの男の周りには、誰一人として立ち止まっている者はいなかった。ポジションが悪いわけではない。簡単なことだ。明らかに彼のギターは下手糞だからだ。夏場なのに、ニットのセーターを羽織っている男は、今にもコードを間違えそうな危なげな演奏で、しかも誰も知らない曲を弾き、嗄れた声で唄を歌った。曲は、恐らく持曲。不特定多数の人間が行き交うこんな場所で客を確保するには、誰もが耳にしたことのある有名な曲をやるのが一番だ。こういう場所では、自分たちに興味を持ってもらう為に、まず名曲のコピーを幾つかやって通行人を足留めし客を確保してから、短い持曲を一つやり、次への足掛かりにするものだ。なのにこの男は、持曲のみ。しかも下手糞。素人ばかりの路上と云えども、その道を専門的にやっている連中の中で、これを披露できるなんて、ある意味勇気ある行動だ。
 人の流れを挟んで、俺は偏屈なその男の真向かいに暫く突っ立っていた。嗄れた歌声は、立ち止まって初めて歌詞が聴き取れた。

俺が本気を出せばこれくらいた易いことさ/そう云っている君は一体いつ本気を出すと云うの/いつも適当にものごとを片づけて/軽く世間を擦り抜けて/君はいつになったら本気を見せてくれるつもりなの/余力を残して戦うことは/自分の力をあやふやに見せることは/己に秘められた無限大の可能性を信じていると云う事/稀に起きる奇跡を実力と呼ぶのは/己の限界を認めたくないから/あと少しだけ勇気があったなら/自己ベストを尽くして戦うことが出来るのに/あと少しだけ勇気を出せたなら/君は限界を認められるはずなのに

 指の動きを見ていると、何かを連想させた。違和感。何処か、別の何かに似ている気がする。それを考えていると、曲が終わって男の口が開いた。
「びっくりしたやろ」
 直ぐには判らなかったが、男は俺に向かって話し掛けていた。
「何が、」
「下手糞さにやって。兄ちゃんも、ギターやってるみたいやしさ」
 人波を挟んだままで聞き返した俺に、彼は俺の背中を指して云った。中身の無い、ギターケース。俺の背中には何時も、鞄代わりにしているギターケースがある。中に、ギターが入っていないわけではないが、ろくにチューニングもしてやらない粗雑な扱いは、中身が無いのと同じだ、と思う。男は自分で自覚している通り、演奏技術は一般的に下手だと思われる俺より不味かったが、それでも俺はそれを指摘する気にはなれなかった。彼にはきっと、俺にはない何かがある。説明は出来ないけれど。この橋の上に立った時点で、俺にはないものがあると云う事だ。きっと。
「一本貰うよ。幾ら、」
 彼の胡座をかいた足下に置かれている、ギターケースの中に広げられた数本のデモテープを指して、俺はその前にしゃがみ込んだ。
「まじで。おおきに」
 男は派手に喜んで、蔓延の笑顔を作った。俺は、尻ポケットから財布を取り出して、指定された五百円札を手渡した。
「兄ちゃんは学生さん、高校生、」
 何気に聞いてくる男に、自分の職種を云い当てられて一瞬驚いた。が、直ぐに単に年齢を低く間違えただけだと気づいて、訂正を入れた。
「そうだけど。事情があって、年は二十三」
「二十三、俺と同い年やん。じゃあ、マウスライトってハコでよくライブやってた、フライ・バイ、ってバンド知らん、」
 男は急に眸の輝きを増し、同胞に話すような口調になった。いつの時期のことを云っているのか判らないが、俺はこの辺りのライブハウスのことは知らないし、音楽をやっているくせ、地元のインディーズバンドの事も殆ど知らない。悪いけど一寸、と返すと男は、そっか、と云っただけで特に気にした様子もなく続けた。
「俺、つい最近までそのフライ・バイのベースやっててん。まぁいろいろあって、バンドは解散してんけどな。もう一回、路上からやり直そうと思ってギター始めてんけど、やばいわ」
 苦笑いをする男を眺めながら、演奏中の彼の指の違和感は、ベースでないことからくるものだったのかも、と思い返した。
 そうして俺は、カセットテープを手にして立ち上がった。じゃあ頑張れよ、と声を掛けた俺に、男は笑顔で応えてから、慌てて付け足した。
「俺の名前。首藤一徹ゆうねん。よろしくな。あんたは、」
「……トン・ユーロウ」
 名乗った後に、別に俺はあんたみたいに真面目に音楽やってるわけじゃないよ、と云いたかったが、言葉は喉を支えて出てこなかった。
 首藤から買ったカセットは二曲入りで、俺が路上で聞いた曲には「勇気をください」というタイトルがつけられていた。レコーディングされた音は、路上で聴くほど危なっかしくもなく、歌詞もより明瞭に聴き取れた。

 

 コンビニの深夜の勤務時間に、健一郎がやってきた。ここしばらく、学校の放課後も顔を出してこなかったので、久しぶりに会う事になる。
 ペットボトルの補充をしていた俺を手伝いながら彼が喋ることは、たわいもない日常の雑談。一仕事終えて飲物をレジに通しに来た健一郎の前に、俺はクリップ留めしたレポート用紙を置いた。
「何すか、これ」
 きょとんとしてそれを拾い上げた健一郎は、紙に眼を通して声を上げた。
「新譜っスか。それも三曲も」
「流れで書いたから、どれか削って、やる曲選んどいて」
 どうしたんすか、急に。と云う健一郎を無視して、俺はカウンターに買い物籠を置いた客の接客に没頭した。

 
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むかしむかしに書きかけた古い物語「ミシェル・リーの泪」のつづきです。
これは、まだ私がPCを持っていなかった時代に、ワープロで打ち込み3.5FDに保存していたデータを引っ張り出してコピペしています。

なぜ、今更この話をアップしているかといいますと・・・・・・最近、すっごくこーゆー気分なんです。
この物語の主人公、トン・ユーロウの心境にすっごく似ています。
年は、23歳の彼より少し過ぎてしまいましたが。

そして、この物語を書いてたときの私の年齢は、健一郎と同じ19歳でした。
 

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二十代半ば(から始めたこのブログ・・・2014年現在、三十路突入中)、大阪市東成区出身。
乗り物の整備をしている、しがないサラリーマン。
3度の飯より睡眠、パンクなライブ、電車読書、などを好む。
この名前表記のまま、関西小劇団で素人脚本家として細々と活動中でもある。

1997年頃~2006年ごろまで、「ハル」「サワムラハル」のHNで創作小説サイトで細々とネットの住民してたがサーバーダウン&引越しによるネット環境消滅が原因で3年ほど音信不通に。。。
あの頃の自分を知っているヒトが偶然にもここを通りかかるのはキセキに近いがそれを願わずにはいられない。
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